未曾有の異変(3)
聖属性の精霊神シャイン。聖女とだけ契約が許された存在で、聖属性の加護を唯一持つ精霊。彼女が今までミアと契約をしてこなかったのは、本当に必要な時……未曾有の異変が起きた時にミアに力を貸す為だった。
聖属性の加護を魔力に変換して、ミアがそれを魔力操作して魔法を使うのは確かに難しい。でも、それはシャインが力を貸して補う事が出来る。だけど、その事は隠していた。何故なら、それが出来るのが一度きりだから。
聖属性は力が強すぎるだけでなく、自然界には無いものだ。それを無理矢理使うのだから、その代償はかなりのものだった。ミアは聖魔法の使い過ぎで記憶だけでなく両足の自由を失ったけれど、シャインの場合はそれだけでは済まない。彼女の場合は自身を消滅させてしまうのだ。
直接その力を使って世界に干渉する事を禁じられている彼女は、ミアと契約して世界の為に力を使う事だけは許されていた。しかし、そのあまりにも大きすぎる代償がある為に、今まではミアと契約する事が出来なかった。そして、ミアの事を知れば知る程に、その代償の事は言えなくなった。それを知ってしまえば、きっとミアは自分の力を借りようなんて思わないだろうから。だと言うのに、それをラーンのせいで知られてしまった。
シャインは俯き、もっと警戒するべきだったと後悔した。でも、今は後悔する時間も世界は与えてくれない。未曾有の異変は待ってはくれないのだ。こうしている間にも、異変による絶望が世界に広がっているのだから。
「そろそろね」
ラーンが呟いた直後に、ミアの目の前を飛んでいたシャインが顔を真っ青にさせて膝の上に落ちる。ミアは突然シャインが落ちた事に驚いて、シャインを手の平で抱き上げた。
「っどうしたのじゃ?」
「ご、ごめん……ね。急に力が抜けた感じがしたの。でも、もう大丈……っ」
明らかに様子がおかしい。シャインはミアの手の平の上でぐったりしていて、息も荒くなっている。その様子にミアが慌てていると、ラーンが演技染みた笑みを浮かべた。
「これがもう一つ。精霊が知らなかった事よ」
「どう言う事じゃ?」
「未曾有の異変で大地から噴き出した閻邪の粒子は、自然界の魔力を奪うのよ」
「なんじゃと!?」
「つまり、人も、精霊も、いいえ。それだけでは無いわ。生物や植物や鉱物に至るまで、自然界の魔力が宿っている全てのものに影響を与える。それが未曾有の異変で起こる現象。全ての魔力を閻邪の粒子が奪い、魔従へと変えてしまうの。結晶化した草や木をよく見て魔力を感じ取ってみなさい。一見とても濃度の高い魔力が宿っているように見えるけど、それは残りカスの成れの果なのよ」
「…………っ」
本気で不味い事になったとミアは思った。未曾有の異変と言うのは想像よりもずっと厄介で、世界そのものを変えてしまう程に危険だと感じるには十分過ぎるものだと言える。
それに自然界の魔力を奪われているなら魔法が使えない。そうなると聖魔法を控えなければならない自分以外の者たちだって何も出来ないと同じだ。このままでは何も出来ずにラーンの思うままの世界に塗り替えられてしまう。そう思った。しかし、一つだけ、たった一つだけ可能性に気がついた。
「ミミミ、戦闘モードに移行じゃ」
髪留めモードだったミミミが姿を変えて、ピストルの形態へと変化する。試しに火の弾丸を装填すれば、いつでも打てる状態になってくれた。
「あら。もう気が付いたの? そうよ。ジェンティーレ先生が能力に対抗する為に生み出した魔装は、使用者本人の魔力を使って起動する事が出来る。だから、その使用者の魔力が高ければ高い程、自然界の魔力を奪われて魔法が使えなくても、その力はその分だけ変わらないのよ」
「なるほどのう。ジェンティーレ先生には感謝じゃな。これでお主を止められるのじゃ」
「何? 私とやり合うつもりでいるのかしら?」
「そうせねばワシの邪魔をするのじゃろう?」
「違うわ。貴女が私の邪魔をするのよ」
ミアとラーンが目をかち合わせる。ラーンは相変わらずの演技染みた笑みを見せていて、未だに何を考えているのか読み取れなかった。けど、ミアにだって分かる事はある。
それは、ラーンが神王の為に世界を滅ぼそうとしている事。ラーンが“パパ”と呼ぶ人物は神王だった。その神王と魔従の卵の力を使って、彼女は世界を滅ぼして、神王の為の世界を創ろうとしている。
「念の為に貴女達の契約は無かった事にさせてもらうわね」
「――っ!?」
無かった事に。そう呟いたラーンは瞬きする間にミアの側へと接近していた。そして、ミアの手の平で青ざめているシャインに手を当て、直後にシャインが真っ黒な闇に呑み込まれた。
「契約解除っと……」
ラーンがそう呟いた瞬間に、ミアはシャインと交わしていた契約の繋がりが切れたのを感じた。そして、ラーンが軽やかなステップで後ろへと下がっていくと、ミアの手の平の上で発生した闇は消え、顔を青ざめさせてぐったりと横たわるシャインが目に映った。




