占拠された観戦会場
「ナイトスター公爵……っ。どうやってここに入って来れたの?」
「なあに、簡単な事だ。一度きりしか使えないが、全ての魔法を遮断出来るこいつを使ったまでだ」
「それはマジックキャンセラー!? そんなっ。それは昔の聖女様がいた時代に失われた魔道具だよ。何でそんな物があるの!?」
「ラーンが錬金術で作り出したのだ。あの子は天才だ。煙獄楽園の力の全てを手に入れている。古代の魔道具を復活させるられる程のな」
「…………」
観戦会場の実況席にて、ジャスミンとナイトスター公爵ことケレムが向かい合う。しかし、二人の置かれた状況には大きな差があった。
ジャスミンは檻の形状をした拘束用の魔道具の中に閉じ込められている。彼女は背後から忍び寄ったケレムに気が付かず、捕らえられてしまったのだ。そして、今ここには彼女と契約を交わしている音の精霊神ミユしかおらず、ミユも一緒に閉じ込められていた。他の精霊たちは幻花森林の各地にいる生徒たちを助けに行ったからだ。
メリコとプラネスは檻には入れらていないけれど、代わりにケレムが連れて来た傭兵に剣を向けられて身動きを封じられていた。観戦席にいる生徒たちも突然現れた傭兵に武器を向けられ、全員がその場から動けなくなっている。
「さて、放送の続きだ」
ケレムはニヤリと笑みを浮かべて、実況用のマイクを掴んで話しだす。
『生徒諸君。そして天翼会の者達よ。たった今、我々騎士王国スピリットナイトは天翼会の重鎮ジャスミン=イベリスを手中に収めた。彼女の身の安全、そして決勝戦に参加していない全ての生徒の命がほしくば、私の言う通りにする事をお勧めする』
最悪の状況だ。今この会場は外部からの侵入が出来ないように結界が張られている。その結界を破らずに侵入されてしまって、更にはそれを利用された事で、会場の外にいる者たちが助けに来れない状況が出来上がってしまっているのだ。こうしてケレムが会場を制圧して話をしている間も、外にいる天翼会の者が助けに向かったけれど、結界に護られた会場には入る事さえ出来なかった。
『私が望む事はただ一つ。決勝戦の続行だ。我が軍勢を加え、勝者を決める事だ。この決勝戦で勝利した者こそが、この世界の覇者となるのだ』
「馬鹿げてる! そんな事の為にこんな事をしたの!?」
「そーだそーだ! この陰険! 今直ぐここから出せー!」
ジャスミンとミユが非難するとケレムは放送を切り、目をかち合わせて不気味に笑んだ。
「これは余興だ」
「余興……?」
「そうとも。ラーンが引き起こす“未曾有の異変”のね」
「「――っ!?」」
ジャスミンとミユが驚愕して、その顔にケレムは愉快だと笑みを零す。そして、彼は空を仰いで声を張り上げた。
「ハハハハハ! 未曾有の異変で生き残るのは限られた者だけだ! 奴を出し抜けば世界の王は俺様になるのだよ! 今に見ていろ! 演技は終いだ! この俺様こそが世界の支配者となるのだ!」
◇◇◇
一方その頃、ここは隣国の緑園の国エルリーフ。国長に協力を求めに向かったヒルグラッセは、聖女の使者として招かれていた。でも、彼女が招かれて案内されたのは、国長ではなく国長の息子の家だ。そこは幻花森林と比較的に近い場所にある家で、最近建てられたばかりの家だった。と言うのも、国長には一人息子がいて、その息子が数年前に結婚して建てた家なのである。
だけど、豪邸と呼べるものでは無い。国長の息子だから、もっと良い家を建てられただろうに、その家はどちらかと言えば平民の家。豪華さとは程遠い素朴な家で、そんな家に通されたヒルグラッセは、最初は何か警戒されているのかと勘違いした程だ。
「ようこそ。いらっしゃいました。お口に合うかどうかは分かりませんが、どうぞ召し上がって下さい」
居間に通され、国長や国長の息子と向かい合って座ったヒルグラッセの目の前に置かれたのは、手作りのクッキーと紅茶。甘い香りのクッキーと、花の香りのする紅茶に、それを出した優しそうな中年の女性。女性はエルフでは無いようで、種族も普通の人間のようだった。
だから、最初は侍女かと思ったけれど、服装を見れば違うと分かる。でも、それよりも、ヒルグラッセはその女性を見て誰かに似ていると感じた。
「ありがとうございます」
ヒルグラッセがお礼を言うと女性は微笑み、それを見て既視感を覚えるも、何か違う。とも感じる。けど、今それを気にしていても仕方が無いので、ヒルグラッセは一先ずその事は考えない事にした。
「申し遅れましたが、私は国長の息子のフェルドです。それから彼女は私の家内ヒノです。聖女様の使者の方をこんな場所に招いた事をお許しください」
「お気になさらないで下さい。それよりも、早速本題に入らせて頂きたい」
「分かっております。先日に私の父……国長からお話をさせて頂いた件ですね」




