生徒を襲う怪物
「ははははは! 食らえ! 我が無限菓子地獄を!」
「くぅっ! なんて恐ろしい力なんだ! このままでは糖尿病になってしまう!」
「恐れるな! あれはただの菓子だ! おいそこ! 食べていないで戦え!」
ここは女神の水浴び場。精霊神が守護する神聖な湖である。と言っても、パッと見は大きな湖で、特に何か変わった物があるようには見えない。守護していると言われる精霊神の姿も見えず、ここにいるのは天翼学園の生徒だけ。そんな神聖な湖の畔で、春の国チェラズスフロウレスの生徒数人と騎士王国スピリットナイトの生徒数人が食恵の国オールクロップの男子生徒一人の攻撃に苦戦していた。
オールクロップの生徒が繰り出すのは砂糖菓子の嵐だ。お菓子を製造可能な魔装を使い、敵にお菓子を与えていく。彼は一年生であり名はキビ。今学期の成績だけで言えば平均以下だ。しかし、彼には類稀なる想像力があった。魔装授与の日にミアやネモフィラの影響を受け、自分も他とは違う何かをと願い、そうして手に入れたのがお菓子を製造する魔装だった。
そして今、その本領を発揮して、チェラズスフロウレスの生徒とスピリットナイトの生徒にお菓子を食らわせていたのだ。文字通りに!
「なんて事だ! 美味すぎて身動きが取れない!」
「このままでは太ってしまうわ! せっかく先日二キロも痩せたばかりですのに!」
「ちくしょう! うめえ!」
いや。お前等呑気かよ。何やってんねん。って感じの生徒諸君。観戦会場と全然違うマヌケな緊張した空気を醸し出していた。
しかし、それも長くは続かない。漸く真面目に戦う気になったのか? いいや。違う。そんな平和なものじゃない。
「ははははは! 食らえ食らえ! お前達が我が無限お菓子地獄を味わっている間に、私の仲間が“宝”を見つけ――」
「きゃあああああああああ!!」
「――え? っ!?」
不意に聞こえた悲鳴に思わず視線を向け、キビは目を見開いて驚いた。
「なんだ……あの巨大な魚の化け物は…………っ」
キビが見たのは空飛ぶ巨大な魚。瞳孔が開いているような丸々とした目玉に、ぬめり気のある鱗を持ち、エラやヒレは毒々しい棘がある。深海魚を連想させる怖い見た目をしていて、大きさは平民が暮らす民家と同等。
その大きな口は今まさに仲間の女生徒の腕にかぶりついていて、そして、食い千切られた。
「ソルトオオオオオ!」
「何だあれは!? 今直ぐ先生を呼べ!」
「しっかりしろ! 大丈夫! 大丈夫だから!」
腕を食い千切られたソルトと呼ばれた女生徒は、仲間たちに運ばれて地面へ寝かされる。しかし、空飛ぶ巨大な魚は彼女や他の生徒等を逃がすつもりは無いと襲いかかり、生徒の一人が丸呑みされた。そして、巨大な魚は他の生徒等にも襲いかかった。
キビはそこで漸く正気に戻り、仲間を助けようと駆け出すけど、間に合うわけが無い。無残にも食い殺される仲間たちを見て、必死に走り続けた。
でも、そんな時だ。キビの横を颯爽と手の平サイズの何かが通り過ぎる。
「まったく。アンジュは管理がなってないッスね~」
「後でお助け料で安眠グッズを請求するです」
通り過ぎたのは手の平サイズの二頭身。風の精霊トンペットと土の精霊ラテールの二人。
二人はキビの横を通り過ぎると、同時に魔法を発動。巨大な魚は風の刃を受けて横一文字に真っ二つに切り裂かれ、その中から重力の結界で護られた生徒たちが現れる。そして、気が付けばソルトの側に水の精霊プリュイがいて、食い千切られたはずの腕が元に戻っていた。
「うわ。本当に骨だけ残して溶けたッス!」
「これで魔従確定です」
「アンジュは何処だぞ?」
「がおぉ。捜したけど見つからない。何処かお出掛けしてる」
トンペットとラテールにプリュイ、そして火の精霊ラーヴも加わると、キビは短い時間で起きたこの出来事に圧倒されて足を止めたのだった。




