精霊王国と神聖な大森林
精霊王国の王都は幻花森林と呼ばれる大森林そのものである。
森の中心には一際大きな木が生えていて、その木は王木と呼ばれている精霊王の住まう大木だ。とても大きな木なので枝と枝の間に王城が建っていて、とてもじゃないが空を飛べる者以外が出入り出来るような高さでは無い。
しかし、心配はいらない。王木の根元にはエルフの戦士が住まう駐屯所があり、その駐屯所の屋上に風の精霊の加護を受けた魔法陣があるのだ。王城に出入りしたい者は許可を得て駐屯所の中に入り、この屋上にある魔法陣の力を使って空を飛び王城へと向かうのである。その為、許可を得られなかった者が王城に行く事は出来ず、自ら空を飛んで行く手段を選ぶしかない。
ただ、その場合は気をつけた方が良いだろう。王木は神聖な大木だ。許可無く正規のルートで通る以外の方法で近づく者が現れれば、精霊たちからの痛い仕打ちに合うのだから。この神聖な王木を護るのは普段は顔を見せないとされる精霊たち。しかも、“女神の水浴び場”と守護する精霊神の使いである彼等は、とてもイタズラでは済まされない恐ろしい悪さを働いてくるだろう。
「おお。ここが精霊王国の王都代わりにある幻花森林なのじゃ?」
「とても緑に溢れた綺麗な所ですね……あ。ミア。見て下さい。七色に光る綿毛が沢山飛んでます。なんだかとても可愛いです」
「本当じゃ。可愛いのじゃ」
ミアとネモフィラは幻花森林にやって来ると、その幻想的な世界に魅入られた。
聖女様がいるからと特別に王城から入国を許可され、学園の転送装置から王城の一番見晴らしの良い景色を眺める場所に飛んで来たのだ。これはミアを何としても手に入れたいウドロークの計らいで、とても下心が籠められたプレゼントである。まあ、どんだけ頑張っても、マイナスイメージはそう簡単にはプラスにならないのだけども。
「おい。ミア。気をつけろよ。神聖な大木だけでなく、幻花森林に生える木の全てが神聖なものと考えられてるから、木を殴ったり傷つけたりしたら重罰が与えられるらしいぞ」
「う、うむ。……って、それはお主も同じじゃろう。そもそもワシよりルーサの方が危険だと思うのじゃ」
「確かに」
と頷いて笑うルーサ。そんなルーサにミアがジト目を向けていると、ユーリィとニリンが大声を上げた。
「わ! 本当にいた! 精霊様よ! 精霊様!」
「私ジャスミン先生の精霊以外の精霊様を初めて見たわあ!」
キャーキャーと騒ぎ出す友人たちに、ミアは保護者の顔をして温かな笑みを浮かべる。そして、どれどれと自分も精霊を見ようと捜して気が付いた。
(よく見れば真下にある詰所とやら以外の建物が見えぬのう。エルフ達は何処に住んで……あ。あったのじゃ)
決勝戦でも忘れてはならないのが、試合中に決して傷つけてはいけないもの。
今回は神聖な木として扱われている木々が主に対象となるのだけど、それと同じくらいに大事なのが人の住居だ。だから、ある程度の住居の位置を把握しておいて損は無い。
そうして見つけたエルフの住居は、どれもが木と木の間に建てられていた。だから、この王木の上に立つ城の位置からでは、高くて木の葉の影に隠れて見え辛かったのだ。例えるなら、人が屈まずに立った目線で、草むらに隠れているバッタなどを見つけようとするようなものである。
「皆ーっ! 移動するよー!」
チェラズスフロウレス寮の生徒が全員この場に転移すると、引率者のジャスミンが大声を上げた。
彼女はミアたちチェラズスフロウレス寮の生徒を拠点に連れて行った後に、この幻花森林の端っこの方に特例で作られた観戦会場へと向かう予定だ。
つまりはミアたちと話していた“生徒や関係者を現地で観戦させる”と言う提案が通ったのである。まあ、通ったと言っても、その場所は幻花森林の玄関と呼ばれる場所で端っこだ。試合の邪魔にならないようにしないといけないのと、この森にはそれだけの何も無いスペースが確保出来ないのと、神聖な木を切り倒してスペースを作る事が出来ないのが理由である。それでも現地に観戦会場を作れたのだから、十分過ぎる成果だと言える。と言っても、これも聖女様のご希望ならばと言う、ウドロークの下心の現れなのだけども。
そして、ジャスミン以外にも、実はこの場に天翼会の者が潜んでいた。
「ミアちゃん。試合中は手助け出来ないから、絶対に“聖魔法”を試合中には使わないでね」
「うむ。分かっておるのじゃ。シャイン先生」
潜んでいた者……それは、天翼会の会長補佐を務める“聖”の精霊神シャイン。この場に潜む天翼会の者と言うのは、ミアの服の中に潜り込んで姿を隠すシャインだった。




