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没落した貴族の軌跡(20)

 聖奉国カテドールセントで暗躍していた慈愛の教祖アフェクション。彼の魔装ウェポン白金はくきんの光で破壊し、ひたいを白金の光の弾丸で撃ち抜いた。と言っても、本当に撃ち抜いたわけでは無く、ただ額に弾丸を当てて気絶させただけ。ミアがアフェクションにそれを一瞬でやってのけた時、ラーンは驚愕して自分の目を疑った。

 そう。あの時、あの場所の光景を、ラーンはその目で見ていたのだ。そして同時に思ってしまった。これだけの力を持つミアが、食恵の国で村の人達から裏切られた時に、ケレムから逃げる自分たちの前に現れてくれていたらと。そうすれば母親も死ぬ事は無かったかもしれないと。

 しかし、それは無理な話だ。あの時の自分の年齢を考えると、当時ミアは生まれているけどまだ一歳。そんな幼い子に助けてくれだなんて頼めるわけが無い。でも、それでも思ってしまう。そして、その後のミアの行動が、ラーンの心を揺さぶった。


「ぬおおおおお! 頼むのじゃああ! この事は内密にしてほしいのじゃあああ!」


「違うのじゃ! ワシは聖女では無いのじゃ! 聖女は誰がなんと言おうとチェリッシュ、お主なのじゃあ! だから頼むのじゃあ! この事は誰にも言わないでほしいのじゃあ!」


 土下座し、何度も秘密にしてほしいと頼むミアの姿。その姿はあまりにも滑稽で、醜く、無様だった。聖女様ならと期待してミアに幻想を抱いていたラーンにはあまりにも酷く目に映り、同時にカレハが隠していたミアの秘密、聖女を隠しているのがミアの意思だと知った。

 ラーンは会った時からミアに冷たく当たっていたけれど、それはあくまでも聖奉国に潜入しているからだった。ミアが捕まるきっかけを作ったのも、偽物なのに増長していたチェリッシュやサリーが気に食わなくて彼女たちを制裁する為で、ミアを関わらせないようにとの考えもあった。だから、ミアの様子を見に来た時も今まで通りに接し、助けようともしなかったのだ。


「何故……? 何故ミア様は……あの子は聖女としての役目を果たそうとしないの? 何故自分から拒むの?」


 信じられなかった。信じたくなかった。何か事情があるのかもしれないと、ラーンはミアの素性を今まで以上に調べた。でも、分かったのは母はもう二度と甦らないと言う目を背けたくなる事実と、ミアは“引きこもり計画”の為に聖女になりたくないと言う事だけ。ミアのそれは他者から見れば、どうでもいいくだらない真実だった。

 そして、ミアが今よりもっと幼い頃、一歳の頃にジェンティーレの命を救った事まで知ってしまった。一歳の頃、それは、自分の母親カトレアが死んだ年だった。その事実は、ラーンの憎悪をき立てる。



 何で? 何で他の人は助けるのに、私のお母さんは助けてくれなかったの?


 誰かを救う力があるのに、目立ちたくないと言う理由で隠しているくせに! なんでそんなにも簡単に魔法を使うのよ! だったら名乗ってよ! もっと早く! お母さんが死ぬ前に自分が聖女だって!


 まただ。また助けた。アフェクションの時もそうだった。何で罪人なんかを助けるのよ。身近な人の命だけを助けるのでは無かったの?


 貴女が聖女だと名乗っていれば、お母さんは死ななかったかもしれなかったのに。罪人なんかより、私のお母さんを助けてよ……っ。


 何が聖女様よ。私は認めない。お母さんを救ってくれなかった貴女は聖女様ではないわ。


 忌々しい光。お母さんを救わなかった光。ミアにとって自分に都合の良い相手だけを助ける無能な光。本当に反吐が出る。



 ラーンはいつしかミアを恨み、憎み、聖魔法の白金の光を忌み嫌うようになった。

 そして――




◇◇◇




 ――そして、時は現代。トレジャートーナメント最後の試合、決勝戦に赴く準備をし終えたラーンは、机の引き出しから“日記”と“魔従まじゅうの卵”を取り出した。

 彼女の側には、侍女のカレハと、本来出禁を食らってここにはいない筈の男ジャッカがいる。


「ジャガー。カレハ。私はパパが犠牲になるこの世界なんていらない。そうとも知らずにのうのうと生きている連中のいるこの世界なんていらない。未曾有の異変が何故起こるのかも未だに理解していない愚かな連中も、役にも立たない聖女諸共(もろとも)滅んでいいと思っているわ。全部壊せば貴方達も死ぬかもしれないわ。それでもついて来てくれる?」

「何を今更仰いますか。当然ですぜ。お嬢。俺は何があってもお嬢の味方だ。例え“未曾有の異変”で世界が滅んだとしてもな」

「あの時の苦しみは二度と味わいたくありません。だから、何があろうと、誰が立ちはだかろうとも、私はお嬢様の味方です。例え、世界が滅亡した後に、そこに私がいなかったとしても」

「ありがとう。二人とも。大好きよ」


 ラーンが二人に礼を告げ乍ら見せたその笑みは、ラーンでは無く、フリールの時に見せる笑みだった。

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