没落した貴族の軌跡(19)
「あれが……本物の聖女…………ミア=スカーレット=シダレ……」
ミアを始めて見た時は衝撃だった。天翼会がミアを学園に通わせる為に試用入園をさせて、ラーンはミアの姿に魅入られた。この頃はミアが聖女とはまだ知られていなかったけれど、煙獄楽園の情報網は彼女を聖女だと既に特定していた。だから、ラーンにもその情報は入っていたし、胸の高鳴りを止められなかった。
そんな日々が過ぎていき、ミアがサンビタリアとのいざこざでルッキリューナに勝利する頃、ラーンのミアへ対する期待は上限無く高まっていた。
「あの子に……ミア様に頼めばお母さんを甦らせてくれるかもしれない。でも、どうやって近づけば良いかしら? ねえ? そう思わない? ねえ? ジャガー。聞いている?」
「はいはい。聞いてますよ。でも、本当にそんな事が出来るんですかねえ。確かにあの歳で学園に通う生徒を聖魔法も使わずに倒した実力は見事ですし買いますけど、俺は信用出来ません。期待して、また偽者の時みたいな事になるかもしれませんよ?」
「もう。つまらない男ね。そんなのだからいつまでたっても婚約相手が見つからないのよ」
「それとこれは関係無いでしょうが! そもそも大きなお世話です!」
天翼学園の敷地内にある平民用の宿の一室。行事でも無ければ使われないその場所で、ラーンとジャッカが話していた。
ジャッカは精霊王国の国民として学園に通っている生徒の護衛として潜入していて、たまにこうしてラーンと会っているのである。精霊王国ではラーンの思うが儘にウドロークが動いてくれるので、ジャッカは簡単に今の任務に就いている。まあ、任務と言っても、殆どがこのようにラーンにからかわれる日々だけども。
「ふふふ。相変わらずね。二人とも」
「あら。カレハじゃない」
不意に話しかけられて振り向けば、部屋にカレハが入って来た。彼女も春の国で侍女として雇われているけれど、ラーンと再会してからは味方として動いてくれている。
カレハはあの日、カトレアがフリールだったラーンと一緒に逃げた時に、怒ったケレムからの罰を受け放り出された。それから何とか平和と言われる春の国に逃げ延びて、生き長らえたのだ。今では貴族に仕えていて、そこの侍女として頑張っている。
実はミアの情報を事前に掴めたのも、カレハのおかげだった。
「また来たの? 私達と会っている所を誰かに見つかったら不味いのではなくて?」
「構いません。既にいつでもラーン様に仕える為の準備は整っています。……私を雇ってくれた旦那様には申し訳がないですけど」
「ふふ。悪い人ね」
「いえ。坊ちゃまは今年で卒業しますので、その時に退職しようと考えています。そうすれば巻き込みはしませんし、恩を仇で返す事も無いでしょう。私にも良心はあるのです」
カレハが心外だと口にすれば、ラーンは少し楽し気な笑みを見せる。と言っても、今の彼女はフリールでは無くラーン。その顔は相変わらずの演技染みた笑みだ。
それでもカレハはラーンが笑みを浮かべた事に喜び、微笑み合った。
「所で何をお話していたのですか?」
「そう。それよ。カレハ。貴女のおかげで判明した聖女ミア様の事をお話していたのよ。ミア様に近づくにはどうすれば良いかしら? やっぱり聖女であるミア様には欺瞞のお香は効かないわよね? それにそんな物を使う必要は無いと思うのだけど、貴女はどう思う?」
「それは……」
カレハは言葉に詰まった。この時既に彼女はミアが「ワシは聖女では無いのじゃ」と口癖のように言っているのを知っていたからだ。
カレハはあの日、カトレアやフリールだった頃のラーンを救えなかった事を後悔していた。もっと自分がカトレアに親身になっていれば、あの時もっと自分が上手く動けていれば、彼女たちを救えていたかもしれないのに。と。
カトレアは本当に二人の事を慕い、大切で護るべき主人だと思っていた。でも、何も出来ず、ラーンとなったフリールと再会して、カトレアが死んだ事を知った。あの時感じた自分の無力を再び痛感して、もう二度とあんな事は起こらせないと、ラーンに忠誠を誓ったのだ。だから、ミアの聖女らしからぬ言動を知っていても、それをラーンに話せずにいた。
しかし、それを隠し通せるわけも無く、ラーンもそれを知る事になるが、それは最悪のタイミングだった。それは偽りの聖女チェリッシュが本物の聖女ミアと衝突し、慈愛の教祖アフェクションの反乱がきっかけとなる。




