没落した貴族の軌跡(15)
フリールがラーンとなって暫らくが経ち、煙獄楽園の生活に慣れてきた頃の事だ。そろそろ参加しても平気だろうと、神王モークスから社交界の誘いがラーンの許に届けられた。
「精霊王国エレメントフォレストの精霊王を招く社交界……? 珍しいわね。他国の王を呼ぶなんて」
「表沙汰では交流があると発表していないので、公には出来ないみたいっすけどねえ」
「成る程ねえ。でも、パパからの誘いだもの。出るわ」
「それは良かった。って言うか、お嬢。そのパパって言うの、俺の前でも言わない方が良くないですか?」
「あら。貴方はパパの近衛騎士であり、私の護衛でもあるのだから良いじゃない。パパと会う時にいつもいるのだから、一々気にしていたら面倒だわ」
「へいへい。そうですかい」
やれやれ。とでも言いたそうな顔をして、ラーンに招待状を持って来た男が返事をした。
この男の名前はジャッカ=ミークル。ラーンにはジャガーと呼ばれている。鬼族と妖族のハーフで、表の顔は神王の近衛騎士だが、普段はラーンの護衛をしている男だ。
いつも一緒にいるのもあり、ラーンはこの男の前では素顔を見せたりもするが、それはモークスがいる時だけ。だから、モークスがいない場でこうして楽しそうに話をしている時も、演技染みた笑みを浮かべている。
「それで、この社交界には王女様は出席するのかしら?」
「ディオール殿下も出席なさらないようです。その日も帝王学を学んだりとかがあるそうで」
「相変わらず忙しいお方よねえ。彼女はパパの本当の娘なのに。傍から見て私より厳しくされているわ。ちょっと可哀想なくらいに。今度パパにもっと優しくしてあげてと抗議してみようかしら?」
「絶対にやめて下さい」
「何故? ディオール様はパパの寵愛を誰よりも受けるべきお方なのよ」
「……はあ。神王様は我々“駒”や肉親には厳しいお方なんです。優しいのはお嬢にだけですよ」
ジャッカがやる気が無さそうに告げ、ラーンは眉尻を吊り上げて彼を睨んだ。
「ジャガー。貴方、パパの近衛騎士の癖に全然パパの事が分かってないのね」
「…………」
「パパはね。確かに貴方達“駒”には厳しいわ。でもね、ディオール様には本当はとても優しいお方なの。厳しく見えるのは、娘であるディオール様の事を思ってよ。ただ立場を重んじるあまりに、本当の娘への接し方が分からないのよ。パパがディオール様を見る目はとても優しいのよ。貴方達の様な捨て駒と一緒にしないで頂戴」
「捨て駒って……。何もそこまで言わなくても……」
「本当の事だから良いでしょう? それとも何? 自分が特別とでも思ったの? 貴方も、私だってパパの捨て駒なのよ」
「いやいや。俺等はともかく、どう考えたってお嬢はそんなのでは無いでしょ」
「いいえ。捨て駒よ。それに私はパパの為なら捨て駒として命を差し出す覚悟があるわ。だって、それが私がパパに出来る唯一の恩返しなのだもの」
「…………」
ジャッカはため息を吐き出したいのを我慢して、ラーンにジト目を向けた。
誰が見てもモークスのラーンへの態度は過保護すぎるくらいなもので、ラーンが言うような捨て駒になる場面なんて絶対にこないだろう。だと言うのに、ラーンはそうだと信じて疑わず、どっちが分かっていないのかと言いたくなったからだ。
しかし、言わない。言うとまた面倒で長い話が始まってしまうから。だから、彼は一先ず頷くのだ。
「仰る通りで」
ジャッカが認めたフリをして頷くと、ラーンは機嫌良さそうに再び演技染みた笑みを浮かべた。おかげで一先ずこの話は終了だ。
「それでどうします? 社交界の話」
「あら。パパの素晴らしさを語らっていたら忘れてしまっていたわね。勿論出るわ。だって、パパからのお誘いで、しかも恩返しのチャンスだもの」
「これも恩返しに繋がるんです?」
「勿論よ。その社交界では精霊王国の精霊王ウドロークが来るのでしょう? だったら、会って良い印象を与えておく必要があるわ。私が恥をかけば、それはパパに恥をかかせるのも同然だもの」
「でも、精霊王には裏で悪い噂もありますよ」
「例えば?」
「女癖が悪い。らしいです」
「あら。なら丁度良いじゃない。虜にして、私の掌の上で踊る“駒”にして差し上げるわ」
「うわあ……。今のは聞かなかった事にしますんで」
「ふふふ」
ラーンが笑むと、ジャッカが問題だけは起こさないでくれよとジト目を向ける。ラーンのその笑みは相変わらずの演技染みたものだったけど、どこか少し楽しそうだった。それはジャッカにとっては悩みの種が増える前兆なのである。
フリールが演じるこのラーンと言う少女は、パパと親しむ神王の為なら本当にどんな事もやってしまう。そして、その笑みこそが、その時に見せる笑みだったから。




