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没落した貴族の軌跡(11)

「いたかああ!?」

「駄目だ! いない!」

「ちくしょう! 逃げられたか!」

「このまま見つからなかったら、またナイトスター公爵に誰かが死ぬまで水攻めにされるぞ」

「馬鹿っ。口にするなっ。聞かれたら死ぬぞ」

「あ、ああ。すまない」

「俺はお前の気持ちが分かるぜ。ったく、憧れの人があれじゃなあ」

「だから黙れって。お前は死にたいのか」

「仕方ないだろう? それに皆も思ってる。ったく。浮気女と托卵のガキのせいでいい迷惑だぜ」


 騎士王国から派遣された騎士たちが土足で踏み込み荒らすそこは、昼にはまだカトレアやフリールがいた小屋の中だ。今は彼等に荒らされて見る影も無いが、それまではそこに二人の親子が暮らしていた幸せな空間があった。


「しかし、あのババア。ユチクとか言ったか? 娘に家を出るなと言ったと言っていたが、全く信用出来ないな」

「本当にな……ああ。そうか。今回の失敗はあの女のせいにすれば良いのではないか?」

「おお。そりゃいいな。あんな平民の命の一つや二つ、俺達貴族と比べれば小さなものだ。あれに責任を押し付けよう」

「賛成。そうだなあ。理由はあのババアがカトレアを逃がす為に嘘をついたって事にすれば良い」

「同感だ。俺達の尊い命の為だ。どうせ平民だしな。犠牲になってもらおう」


 騎士たちは下卑た笑みを浮かべ合い、小屋を出て村へと向かった。責任を押し付ける相手は彼等にとってはどうでもいい相手で、それで自分たちが助かるならこれ以上の捜索は必要無いと考えたからだ。そして、彼等が話していた通り、ユチクと言う女はカトレアとフリールを裏切っていた。

 目の前に出された報酬の金貨に目がくらみ、彼女たちの情報を売ったのだ。だから、昼間にフリールが訪れた時に暫らく村に近づくなと、家を出ないようにと伝えていた。二人を捕まえた暁には、追加の報酬を渡すと言われたから。

 しかし、金に目が眩んで誰かを陥れようとした者の末路は決まっている。ユチクと言う女がこの後どうなるのか? それは想像するのも悍ましい結果となるだろう。


「お母さん。ユチク小母さん……。ユチク小母さんが私達の事を売ったの?」

「……そうね。残念だけど、きっと……きっとそうなのよ…………」


 小屋からそれ程遠くない場所で、カトレアとフリールは走っていた。

 実は、二人が小屋を出たのは騎士が来る直前だった。騎士たちは二人が小屋の中にいない事で怒って荒らしたけれど、その時は二人ともまだ近くにいたのだ。もし、騎士たちが真面目に二人を捜していたら、きっと捕まっていただろう。

 カトレアはフリールから詳しい話を聞いて、ユチクを疑った。危ないから村に避難した方が良いと誘うのではなく、小屋にいた方が良いと言ったからだ。

 普通に考えれば、変質者がいて危ないなら、騎士が捜索して見回りをしている村にいた方が安全に決まっている。森の中の小屋には病気を持つ女と、まだ九歳の女の子しかいないのだ。どう考えたって、二人だけでいる方が危険だった。

 そして、村に来たのは騎士王国からやって来た者たちだ。騎士王国で力を持つナイトスター公爵が自分たちを捜していると考えれば、警戒するなと言う方が無理だ。何処かで自分たちの情報を探り当て、遂にこの村まで騎士が捜索にやって来た。そう考えるのが当然だった。

 ユチクには村に来てから色々お世話になったけれど、それでもフリールに騎士のいる村では無く二人だけの小屋にと言った時点で信用は地に落ちた。信じたかったけれど、それで捕まってしまっては全てを失ってしまう。だから、カトレアはフリールを連れて逃げ出したのだ。

 でも、彼女は病をわずらっている。村とは反対方向へと森を抜け出そうと走っているけれど、直ぐに体力の限界がきて木の根につまずいて転んでしまった。


「お母さん!?」

「ごめんなさい。はあ……はあ…………」

「凄い汗……。それに熱も出てる。ねえ。少し休もう?」

「大丈夫。大丈夫よ。逃げないと……殺されてしまうの。それに、薬を飲めば……あ」


 薬を入れておいたはずのポケットに手を入れ、それが無くなっている事にカトレアは気が付く。焦って服の内ポケットに手を入れると何かがあったので取り出すも、それは違うものだった。カトレアはそれを元の内ポケットに戻し、薬を落としてしまったのだと更に焦る。

 暗い夜の森の中を必死に走って来たから、何処で落としたのかも分からない。探しに行きたくても、今はそんな事をしている場合でも無い。カトレアは諦め、それでも進もうと立ち上がった。


「行きましょう。フリール」

「お母さん……うん」


 フリールはそれ以上何も言えなかった。

 カトレアが薬を無くしてしまった事は直ぐに分かった。カトレアが薬をと言って取り出したのが、何かの書物だったから。暗闇のおかげでそれが何の書物かは分からないけれど、今はそんな事どうでも良かった。

 自分たちは追われている身だ。探している暇なんて無い。本当は母親を休ませてあげたくても出来ない。一刻も早く、どこか遠くに行かなくちゃいけない。休もうと言って断られ、それが分かった。だから、ただ頷く事しか出来なかった。

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