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没落した貴族の軌跡(7)

「只今戻りました」

「なんだ。死んだのでは無かったのか。ふんっ。つまらん」


 母が殺されたと知った次の日の早朝に、カトレアはナイトスター公爵家に戻って来た。

 しかし、相変わらず居場所は無い。妻が早朝に帰って来たと言うのに、夫であるケレムは自殺した方が良かったかのような物言いだ。実際に彼にとってはその方が都合が良かったのだろう。侍女や執事もカトレアをうとましそうに見つめ、直ぐに各々の仕事へと戻って行った。

 ケレムは母を失くして自殺した妻を見て悲しむ可哀想な夫となり、それを世間へのパフォーマンスとして演じる予定だったらしい。自室に戻る途中で喪服を運ぶ侍女や、帰って来た事を知らない侍女たちがカトレアの自室を片付けようとしていて、カトレアはそれに気が付いた。

 ケレムにとってカトレアが死んだ方が都合が良いなんて酷い話だ。しかし、カトレアは何とも思わなかった。別に感情が死んでしまったからなわけでは無い。今のカトレアは心が満たされていたのだ。

 昨日、母の死を知り、本当に死のうと思った。でも、それをウドロークに助けられ、彼と一夜を過ごして生きる希望を持てた。カトレアは自室に入って侍女たちがいなくなると、昨晩の事を思い出してほおを染め、自然と笑みを零す。


「ウドローク殿下。私に生きる希望を与えて下さって、ありがとうございます」


 母が死んでしまって悲しい気持ちが無くなったわけでは無い。でも、彼のおかげか自然と笑う事が出来ている。死なずに前を向こうと、生きる希望が持てている。カトレアはウドロークに感謝し、そして、この居場所のない地獄のような日々でも希望はあるのだと笑みを浮かべた。

 そして――


「元気な女の子ですよ」

「おお! でかしたぞ。カトレア。ようやく私にも子が出来たのだな」


 暫らくして、カトレアは女の子を出産した。この時ばかりはケレムも喜びの声を上げ、ここに嫁いでから見る事の無かった笑みを見せた。


「あの……。この子の名前なのですけど……」

「名前? もう決まっている。ボロイドと……しまった。男が産まれるとばかり考えていて、女の子の名前を考えていなかった」

「ほほほ。旦那様ってば、そんな名前を付けてはこの子が大きくなってから恨まれますわよ」

「困ったな。カトレア。何か良い名はあるか?」

「え……?」


 カトレアは驚いた。今までナイトスター公爵家に嫁いでから、自分の意見をケレムから聞くなんて事は一度たりとも無かったからだ。それだと言うのに、彼は本当に困ったような顔を見せ、まるで子供のように我が子の名をどうしようかとせがんでくる。まるで別人だ。

 しかも、この場にいるのはケレムの息が掛かった者だけ。つまり出産を手伝ってくれた助産師もそうなのだ。だから、この場で外面を気にする必要は無く、いつもであれば意見を聞いたりしない。それどころか、カトレアは最悪の場合は子を産んだ直後に部屋から追い出されると思っていた。

 しかし、結果は違っていた。カトレアを褒め、嫁ぐ前にはよく見せていた笑みを見せた。嬉しそうに我が子を抱き、女の子の名前を考えていなかった自分を悔いて、何か良い名前はあるかと聞いてくる。まるで夢でも見ているのかと思ってしまうくらい、カトレアは目の前の現実が信じられなかった。

 そして、探るように、慎重に言葉を続ける。


「わ、私がこの子の名前を決め……提案しても良いのですか……?」

「当然ではないか! 可愛い娘に合う名だ! 遠慮するな!」

「……では、フリール。フリールと言う名はどうでしょうか?」

「フリール。フリールか! 良い名だ! 実に可愛らしい、この子にぴったりの名前だ!」


 ケレムが笑顔で喜び、名前が決定したばかりの我が子と一緒にカトレアを抱きしめる。助産師が生まれたばかりの子が潰れてしまうと彼をなだめる姿を見乍ら、カトレアは未だに覚めない夢を見ているのかと驚き続けていた。

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