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没落した貴族の軌跡(6)

 カトレアは歩いていた。何処を歩いているかも、何処に向かって歩いているのかも分からない。死に場所を求めて歩き続けているだけ。絶望で視界は閉ざされ、ぼんやりと微かに見える前だけを見て歩く。いつの間にか屋敷を出ていたのか何度も人にぶつかるけれど、気にはならなかった。裸足で歩く彼女の足はボロボロで、何かの破片を踏んだのか足裏から血が流れていたけど、痛みも感じてはいなかった。ただ呆然と歩き続け、死に場所を探すだけ。この世に未練なんて何も無い。何よりも大切で大好きだった母は殺された。今までケレムの罵声や暴力に耐えてきたけれど、その意味も無くなった。出来る事ならば、どんな時でもいつも元気をくれた母のあの笑顔をもう一度見たい。でも、母が死んでしまったから、それは二度と叶わない。


「お母様……」


 死んだらお母様に会えるかな? もしかしたら、お父様にも会えるかもしれない。カトレアはそれを夢見ながら、馬車が走ってくる公道へと飛び出した。


「カトレア!」

「っ!」


 力強く抱きしめられ、勢いよく地面に叩きつけられる。いいや。正確には叩きつけられてはいない。カトレアは抱きしめられ乍ら、地面に体が触れないようにと庇われ、自分を抱きしめている者と一緒に地面を転がったのだ。


「カトレア! 無事か!?」

「…………っウドローク……殿下?」


 自分を抱きしめていたのがウドロークだと知り、カトレアは驚いた。そして、見つめ合うと、死ぬ事しか考えれなくなっていた自分が嘘のように速まる心臓の鼓動を感じていた。


「良かった。急に君が馬車の前に飛び出すのを見たから驚いたよ。でも、君を助けられて本当に良かった。君にもしもの事があったら……っ! 酷く腫れて……っ。それにボロボロじゃないか! いったい何があったんだ!?」

「ウドローク殿下……っ。ウドローク殿下! ウドローク殿下! 私! 私……っ!」

「カトレア……?」


 その目から枯れていた筈の涙が溢れて出す。カトレアは泣いた。声を上げて、ウドロークの胸の中で泣き続けた。彼が許す限り温もりを感じ乍ら、延々と泣き続ける。

 ウドロークはそんなカトレアを優しく抱きしめた。




◇◇◇




「落ち着いた?」

「は、はい。その……ご迷惑をおかけしました。申しわ――」


 申し訳ございません。と言葉を続けようとして、カトレアはその口をウドロークの人差し指で閉ざされる。何だか少し恥ずかしくて顔を赤らめると、ウドロークは優しく微笑んで指を離した。


「謝罪より感謝がほしいな」

「……ふふ。はい。ありがとうございます」


 何故か自然に笑みが零れて、カトレアはお礼を告げた直後に驚いた。あんなに死ぬ事しか考えられなかった自分が、まさか笑えるとは思わなかったからだ。それに笑ったのだっていつぶりだろうか? 覚えていない程に、暫らく笑ってはいなかった。


「さて。このまま見世物になるのは居心地が悪いし、場所を変えようと思うんだけど、君も一緒に来てくれるかな?」

「え……?」


 ウドロークに言われて、カトレアは初めて気が付いた。ここは何処かも知らない市場の少し外れで、住宅街との境目のあたり。そんな場所だからか周囲には人だかりが出来ていて、物珍しそうな目で自分たちを見ている平民や貴族たち。カトレアはあてもなく無く彷徨っている内に、こんな場所まで歩いて来ていたのだ。

 一応ウドロークの側近や護衛が野次馬たちをどうにかしようとしていてくれるけれど、ウドロークはお忍びで来ていたのだろう。野次馬の数に対して、側近や護衛が明らかに足りていない。完全に見世物になってしまっていたのだ。さっきまでウドロークの胸の中で泣き続けていたカトレアは、それを理解した途端に急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして「行きます」と答えるのだった。

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