没落した貴族の軌跡(2)
「カトレア! 公爵様がお見えになったわよ!」
「は、はい。今行きます!」
没落した家を盛り返す為にも、侯爵以上の爵位を持つ殿方を舞踏会で見つけて来る。そう母に諭されたカトレアは、見事に公爵との縁を掴んでいた。舞踏会があった日から既に半年が経とうとしている今日、カトレアは随分とめかし込み、これからその公爵とデートするのだ。
カトレアは母親に呼ばれると緊張した面持ちで歩きだし、迎えに来てくれた公爵を見ると、笑顔で挨拶をした。
「今日は態々遠路遥々騎士王国からご足労頂き有難うございます。ナイトスター公爵様」
「君に会う為なら当然だよ。カトレア。それから、私の事はケレムと名前で呼んでくれないか?」
「で、でも、ナイトスター公爵様にその様な――」
「ケレム」
「……はい。ケレム様」
「ふふ。ありがとう。カトレア」
何やら背中がむず痒くなる雰囲気を醸し出す二人。そんな二人の姿に、母ヒノはニコニコと笑みを見せて何度も頷いた。
さて、カトレアと何やらいい雰囲気のこの男。騎士王国スピリットナイトのケレム=ナイトスターと言う名の若き公爵だ。彼は二十歳と言う若さで名家であるナイトスター公爵家の跡を継ぎ、平民だけでなく貴族からも羨望の眼差しを受けている有能な人物だ。騎士王国で彼の名を知らない者はおらず、とても人望の厚い男でもある。そしてその人望の厚さも、彼の祖母が与える影響もあった。
彼の祖母は王族で、当時はまだ侯爵だったのナイトスター家に嫁いで来たのだ。ナイトスター家はそれがきっかけで公爵の爵位を与えられ、領地も増え、目まぐるしい勢いで名を上げていった。そうして名家となったナイトスター家を継いだのが、祖母から愛されて育ったこの男ケレム=ナイトスターなのである。
そして、彼は自分の立場を利用して踏ん反り返るような男では無かった。日々努力し、周囲の人々の信頼を得て、今のナイトスター家を自分の力だけで支えているのだ。そんな彼に今まで婚約者もいなかったのは、祖母が可愛い我が孫には結婚の話は早いと断り続けたからだった。しかし、そんな祖母ももう亡くなっていない。祖母がいなくなる頃には毎日が忙しくなり、それどころでは無くなった。人気が高くても婚約者がいないのは、そんな理由からだった。
カトレアはそんな好青年なケレムと舞踏会の日に出会い、彼が食恵の国に訪れた時はこうして町へ一緒に出掛ける仲にまで進展していた。所謂遠距離恋愛である。
「今日は何処へ行くのですか?」
「最近この国で流行りの香水を君に送ろうと思って、予約した店に行こうと思ってる。その後は美味しいと噂のレストランへ行こう。気に入ってくれると良いんだけど」
「まあ。素敵ですね。でも、流行りの香水なんて私に合うでしょうか……」
「きっと合うよ。君と同い年くらいの女性の間で有名な様だし、茶会で付けていけば話題にもなる。カトレアは前に茶会で何を話せばいいか分からないと言っていたから、その手助けになれば良いと思ったんだ。迷惑だったかい?」
「ふふふ。迷惑だなんてそんな。とても嬉しいです」
町へ行く為の馬車に乗って揺られながら、カトレアは本当に嬉しそうに笑みを見せた。その笑みを見れば迷惑と思っていないと分かり、ケレムも安心して微笑んだ。
カトレアは没落してからも茶会に誘われる事があった。でも、それは醜い嫌がらせからよるものだ。没落した子爵令嬢。意地が悪く性格も悪いご令嬢からは格好の餌食だった。今まで通りに親睦を深める為と言って茶会に誘い、いざ始まると今のカトレアでは分からない話ばかりをしては、そんな事も分からなくなってしまったのかと馬鹿にする。そうして貴族令嬢たちのストレス発散に都合の良い的にされて、それでもカトレアは挫けずに茶会に参加し続けていた。
本当はもう参加をしないと断りを入れても良かった。けれど、母親が茶会に誘われた時に喜ぶので、その顔を曇らせたくなかったのだ。カトレアは母親には茶会でされた嫌がらせを言わずに、それでも一人で頑張っていたのである。
だけど、カトレアだって人の子だ。限界はある。ケレムと出会い、彼がカトレアに好意を持ってくれた事で、カトレアはその悩みを打ち明けた。最初はケレムがカトレアをイジメる令嬢たちを罰するべきだと怒ったけれど、それはカトレアが自分の事は自分で解決したいと言って怒りを静めさせた。そして、カトレアの為に何か出来ないかとケレムなりに考えて、こうして手助けするようになったのである。
「ケレム様。ありがとうございます」
「君の喜ぶ顔が見れるなら、私は何だってしてみせるよ」
二人は見つめ合うと、そのままゆっくりと口づけを交わした。カトレアはとても幸せだった。ケレムと一緒にいれば、母の言うように幸せになれると信じていた。
ナイトスター公爵家に嫁ぐまでは…………。




