聖女は誤魔化すのが下手
所変わって旅館の食堂。ミアはここでお茶を飲み乍ら、ウドロークと会話する事にした。と言っても、今はウドローク等が着替えて来るのを待っている最中である。
因みに、一応逃げ出さないようにベギュアとマイルソンがウドロークを、そしてラティノとチェリッシュがカーリーを見張っている。
『これは凄い! チェラズスフロウレスのルーサ選手! モノーケランドの生徒を五人抜きだあ!』
「ルーサも頑張っている様じゃのう」
「ミアお嬢様がいなくとも負けないと意気込んでいましたからね」
ミアの呟きにルニィが答え乍ら紅茶を置く。ミアはお礼を言ってから紅茶を取り、一口だけ飲んで息を吐き出した。
「冷えた体にあったかい紅茶が染みるのじゃあ。って、あ。そうじゃ。カーリー先生とはどんな人物なのじゃ? ワシはよく知らぬのじゃ」
「食恵の国オールクロップ寮を中心に天翼学園で働くご令嬢です。食恵の国ではナッツ伯爵の息女として誕生して、今年で二十三になったばかりだったかと」
「ほう。結構優秀なのじゃ?」
「天翼会には料理の腕前を認められて、学園内の食堂で料理を作っている様です。ですので、学問や武術や魔術については平均の様ですね」
「ほう。料理なのじゃ?」
「はい。ナッツ伯爵の領内では木の実が豊富に採れるようで、その木の実とスパイスを使った料理が有名です。カーリー先生もスパイス料理が得意で、木の実を使ったコクのある深い味わいのある料理を作るそうです」
「ふむ……」
(それは是非とも調べねばならぬのじゃ。ワシはいつも食堂のご飯を食べぬでのう。まずは得意料理から聞くとしようなのじゃ)
おい。ここに来た理由忘れてるだろ? って感じのミア。このアホ。じゃなくて聖女。大事な話で関係ない事を考えだすのは、記憶を失う前と変わらない。まったく成長していないアホなその顔は真剣そのもので、まるでもの凄く大事な話を考えている顔である。
「お待たせしてしまってすまない」
「お、お待たせしました」
ミアがどうでもいい事を考えていると、ウドロークが側近とカーリーを連れて現れる。ウドロークは爽やかな笑顔をミアに向けているけど、カーリーはとても気まずそうに顔を下に向けている。
しかし、そんな事は関係無い。ミアはウドロークでは無く、カーリーへとその眼差しを向けた。
「今日ここに来たのは他でも無いのじゃ。とても大事な話があるのじゃ」
ウドロークとカーリーが席につき、ミアがそう告げると、この場の空気が緊張で張り詰める。
しかし、現時点でウドロークは自分とラーンの関係を怪しまれているなんて知らない。だから、彼は昨日のネモフィラと話をしていた件で何かあったのでは? と、ネモフィラと話をしていた時の事を思い出していた。
カーリーもネモフィラにラーンと関わりがあるリストに名前を載せられているなんて知らないので、自分は関係無いと考えている。それでも気まずそうにしているのは、先程の事があったからだろう。
「カーリー先生の得意料理を教えてほしいのじゃ」
「…………」
「…………」
「…………え?」
いや。本当に聞くのかよ。って感じのミア。このアホ。じゃなくて聖女。完全にここに来た理由を忘れていた。本気の本気で最低である。これにはカーリーやウドロークだけでなく、聖女近衛隊の面々も驚きを隠せない。
しかし、ルニィ等ミアの侍従は一味違う。先程の会話で予想していたのだろう。慣れたもので、その表情は微動だにしていなかった。まあ、ルニィが若干眉尻を上げているけれども。
「カーリー先生は木の実を使ったスパイス料理が得意と聞いたのじゃ」
「は、はあ……あ。はい。得意です」
「おおお! カーリー先生の料理を一度味わってみたいものじゃ。あ。そうじゃ。丁度ここは食堂じゃし、今からどうじゃろう?」
「へ? い、今から……?」
誰かこのアホを止めろ。なんて事を言いたくなるこの状況。勿論それが出来るのはこの人しかいない。
「ミアお嬢様」
「うむ? なん――っ!?」
ルニィに振り向き目がかち合うと、ミアはこれでもかと言うくらいに顔を真っ青にして動きを止めて口を閉じる。そして、カクカクと機械のような動きで前を向き、ウドロークへと視線を向けた。
「じょ、冗談はこれくらいにして、そろそろ本題に入るのじゃ」
はい。誤魔化せてないけど誤魔化しました。




