第三王女の情報提供(3)
トレジャートーナメントの決勝戦は精霊王国の幻花森林にて行われる。幻花森林には“女神の水浴び場”と呼ばれる湖が存在していて、そこは精霊以外の立ち入りが禁止されている領域だ。
しかし、精霊のお姫様の血を引き継ぐ国王ウドロークのおかげで、その禁域を決勝戦の舞台にする事が許された。そしてそれは聖女であるミアがいるチェラズスフロウレスが決勝まで勝ち残ると、天翼会が予想しているからこそだった。
聖女が戦うに相応しい最後の舞台。
その言葉の響きに女神の水浴び場を管理している精霊神も納得して、許可を得る事が出来たのだ。
しかし、これを提案した者はラーンと繋がりのある可能性を持つ者だった。ネモフィラのおかげでそれが判明して、今更引くに引けない状況となった今、ジャスミンが提案したのは観戦席の変更だ。
「生徒やその侍従を決勝戦の近くに呼ぶ事で、ミアちゃんを護る聖女近衛隊も呼べるでしょ? それに実況も決勝戦の場所でする口実が出来るから、メリコちゃん達と一緒に私も行けるの」
ジャスミンの提案は、万が一にも何かあった時の保険だった。
元々試合会場には医療班や審判を担う先生が向かうけど、それ以外の先生は学園でお留守番する事になる。でも、この提案が通れば、それ以外の先生も他の名目で行く事が出来るのだ。
しかも実行するのは決勝戦。今年は聖女ミアと言う特別な存在がいる。決勝戦ならではの演出や環境を提示しても、誰もそれを怪しいと思う者はいないだろう。せいぜい聖女様の影響で天翼会も今年は気合が入っていると思うだけだ。まあ、勘のいい者は何かあると思うかもしれないけれど。
「ええと……ちょっといいですか?」
ジャスミンが提案の利点を説明し終えると、黙って事の成り行きを見守っていた侍従の一人ブラキが小さく手を上げた。基本的にはこう言った場では侍従は黙って話を聞いていて、自分の意見など言わない。けれど、よっぽど気になったのだろう。皆が注目するとビクリと少しだけ肩を揺らし、それでもその手を下げずに答えを待った。
「うん。どうしたの?」
ジャスミンが聞き返すと、ブラキは安心した素振りを見せて答える。
「まだ決勝戦の前に準決勝……明日の試合があるじゃないですか。しかも、明日の試合ではミアお嬢様は参加出来ません。それでもチェラズスフロウレスが勝つ前提で話していますけど、もし負けたらジャスミン先生の提案も意味が無いと思うんですけど……」
「確かにその通りだぞ」
「がお? 負けたら解決?」
「おお。負ければ良いのじゃ」
そもそもチェラズスフロウレスが決勝戦にいかなければ解決なのでは? なんて雰囲気になり、この場に動揺の空気が流れ出す。しかし、それに反対する者もいる。
「嫌です。わたくしもチェラズスフロウレス寮の皆様も負ける気はございません。ミアに優勝をと誓ったのです」
ネモフィラだ。
トレジャートーナメントの決勝戦は丁度ミアの誕生日。ミアの誕生日をトレジャートーナメントの優勝の美で飾ると仲間たちと誓い合ったネモフィラにとって、負ければ良いなんて絶対にお断りだった。
「うちの大将が正しい。オレも王女様と同じ意見だ。ミアがいなくたって明日も負けるつもりはねえよ」
ブラキが発言し、ネモフィラが反対したおかげで火が付いたのだろう。お利口さんに黙っていたルーサも絶対に勝つと声を上げた。
そして、そんな二人に圧倒されて、ブラキは思わず頭を下げた。
「ごめんなさい。私が変な事言ったから」
「別に謝る必要なんてねえよ。お前は“負けろ”と言ったわけでは無いだろ。お前が言ったのは“負けたら”の話だ」
「はい。それに、その可能性を考えるのは何もおかしな事ではありません。わたくしだって、もし負けてしまったらと、少しだけ不安に考えてしまいました」
「うむうむ。二人の言う通りじゃ」
(万事解決じゃ。と思った事は黙っておくのじゃ)
そんなわけで決勝戦はのんびり出来ると考えていたミア。場の雰囲気的に本音を言えるはずも無く、ニコニコした笑みを見せて誤魔化した。
「あ。それより王女様。話が逸れちまったけど、あの話もするんだろ?」
「そうでした。他にも報告する事があったのです」
「他にも何かあったのじゃ?」
「はい」
ネモフィラは頷き、真剣な面持ちで周囲に目を向け、最後にミアと目を合わせて言葉を続ける。
「ラーンのいる騎士王国スピリットナイトの事です」




