聖女と大根役者の対談 前編
「ま、参った。いやあ。流石は聖女様。お強いこって」
仮面の男を追いかけたミアは直ぐに追いつき、ミミミピストルの銃口を向けた。仮面の男は両手を上げて降参しているけれど、隙あらば逃げようと言うのが雰囲気でバレバレである。そんな彼にミアはジト目を向けて、ミミミをピストルから髪留めモードへと姿を変えさせた。
「あの少女を襲っておったのは何故じゃ?」
「そ、そいつは言えませんねえ。守秘義務ってもんがあるもんで」
「…………」
「…………」
黙って見つめ合う二人。このままでは押し問答になるだけだろうとミアには分かった。だから、どうしようかと考え始めたのだけど、直ぐに良い事を思いついたと笑みを浮かべる。
「そこまで言うなら仕方が無いのじゃ。それならラーンに聞いてみるのじゃ」
「は!?」
「お主はラーンの側近か何かじゃろう? それなら主のラーンに聞くのが一番じゃ」
「待て待て待て! それは困る!」
「何で困るのじゃ? それにそんなに困るなら、正直に理由を話せば済む話じゃ」
「それは出来ないって言ってるだろ! 話の分からねえ奴だな!」
「あれも駄目これも駄目で通じる立場だと思うておるのか? お主は幼い子供を襲った犯罪者じゃ。質問を自由に答える権利があると思うでないのじゃ。言うておくが、この事は既にジェンティーレ先生には連絡しておる。ここで逃げ出そうが、ワシをどうにかしようが、お主の行動は既に天翼会には知られておるのじゃ」
「……くそっ」
悪態をつき、仮面の男がミアに殺気を送る。しかし、何の意味も無い。
ミアは前世八十まで生きたお爺ちゃん。仮面の男の顔は見えないけれど、声の若さからしてせいぜい二十代か三十代くらい。お爺ちゃんなミアからすれば、怖いもの知らずの若者が調子に乗ってるだけにしか見えないのである。ミアにとっては、ルニィママの方がよっぽど怖かった。
「それでは今からお主をラーンの所に連れて行くのじゃ」
「はあ!? ちょっと待――」
ミアの言葉に驚き、そして、“待て”と言おうとした時には既に遅い。言葉を言い終える前に、気が付けば目の前にラーンの姿が現れる。
いいや。現れたのは自分だ。ラーンは突然目の前に現れたミアと仮面の男を見て驚いていた。
「――っ!? み、ミア……? それに……」
ラーンが呟き、仮面の男に視線を向ける。仮面の男は何も言えず黙る事しか出来なくなり、ラーンは察して相変わらずの演技染みた笑みを見せた。
「ごきげんよう。ミア。突然どうしたのかしら? わざわざ聖魔法を使って会いに来てくれたの? 嬉しいわあ」
「魔法では無く、これを使ったのじゃ」
そう言ってミアがラーンに見せたのは、煙獄楽園の者がかつて使っていた物。錬金術で生み出された瞬間跳躍を可能とした魔道具だった。元煙獄楽園のスパイだったラーンは当然知っている物で、なんなら普通に使っていた物である。
「それよりもこ奴はお主の側近か何かじゃろう?」
次にそう言って前に出したのは仮面の男。仮面の男はミアに背中を押されて前に出ると、とても気まずそうな雰囲気を出してラーンから顔を逸らした。
すると、ラーンはため息を吐き出し、ミアへと視線を向ける。
「この男がどうかしたのかしら?」
「さっき女の子を襲っておったのじゃ」
「まあ。それは大変。その子は無事だったの?」
「うむ。ワシが助けたのじゃ」
「それなら良かったわあ。流石は聖女様ねえ」
ニッコリと笑みを見せるラーン。しかし、その顔は相変わらずの演技染みたもの。話を逸らそうとしているのか、答えずに無事を喜んでいるように見せている。
「この者は後ほど天翼会に引き渡す予定じゃ。女の子を襲った凶悪犯じゃからのう」
「それは賢明な判断ね。でも、どうしてそれを私に?」
「忠告じゃ。もし天翼会に引き渡した後にこ奴に何かあれば、即刻お主を共犯者と見なすのじゃ。こうしてワシがお主に伝えに来たのは、こ奴が何をして何の罪に問われているのかを伝える事で、知らぬ存ぜぬでとぼけさせぬ為じゃ」
「聖女様は私がその男を助けると?」
「もしくは、ニーフェのように魔従化させて証拠を消すかもしれぬのじゃ」
「……うふふ。つまり、天翼会に捕まっている間に何かがあれば、犯人は私と言いたいのね?」
「そう言う事じゃ。こうして何をしたかを知った以上、お主は部外者ではいられぬからのう」
そう告げると、ミアもラーンに負けず劣らずの演技染みた笑みを披露する。二人は演技染みた笑みで見つめ合い、仮面の男はぶるりと体を震わせてそれを見つめた。




