勘違い少女は目撃する 後編
「精霊王国のウドローク陛下だね。やはりミントも女の子なんだね。ウドローク陛下は女性に人気の方だよ」
「凄くかっこいいし納得だわ」
ミントが窓から見えたウドロークに注目し乍ら頷くと、メグナットは娘を心配する親の顔になる。何故なら、精霊王国のウドロークと言えば女性から人気の高い国王で、狙っている令嬢は数えきれない程にいる。そして、ウドロークは女癖が悪いと良くない話も密かに囁かれている。それを知る一部の貴族からは、未だに婚約者すらいない原因はそれだとまで言われていた。
実際のところ、それが真実なのか否かなのは分かっていない。けれど、それが原因だと言われても納得してしまう。ウドロークは自分に愛を囁く女性に笑みを見せ、決して遠ざけず離さずに虜にしてしまうからだ。ウドロークと言う男はまるでアイドルのような存在で、誰か一人を愛するのではなく、自分を好きだと言ってくれる全ての女性を愛するような男に見える。それが彼を知る男たちが感じているものだった。
メグナットが心配したのは、ミントまでウドロークの毒牙にかかり、婚約者にもなれず永遠と心を奪われ続けるのではと思ったからだ。メグナットは困った事になったかもしれないと窓の外に視線を向け、そして、他にも人がいる事に気が付いた。
「おや? あちらは最近噂の騎士王国のナイトスター公爵のご息女……確かラーン嬢。とても良い雰囲気だね」
どうやらトレジャートーナメントで各国の王が集まるこの機会を利用して、心を奪われてしまった一人の少女がウドロークと密会していたらしい。それならば少し利用させてもらおうと話し、メグナットは少しだけ期待を籠めてチラリと娘に視線を向けた。
彼に想いを寄せる少女が他にもいると分かれば、今ならまだ諦めてくれるかもしれないと思ったからだ。しかし、正直なところメグナットは勘違いしている。
ミントからしてみれば、ウドロークはただのイケメン。ただのイケメンなウドロークは、どこまでいっても所詮はただのイケメン止まりなのである。だから、最初から彼一人には注目していない。
「精霊王国の王様と騎士王国のナイトスター公爵の息女……。護衛もあまりいないみたいだし、きっとお忍びね」
「え? ああ。確かに言われてみると護衛が少ないね。どちらも一人しか連れていないようだ。……ん?」
メグナットは護衛の一人と目がかち合った……気がした。
何故気がしたなのか? それは、メグナットと目がかち合った相手が仮面を付けていたからだ。しかし、その顔は確実にメグナットへと向けられている。でも、それは自分は馬車で移動中だから、ただ単に向こうが馬車を見て警戒をしたからだろうとメグナットは思った。
だけど、その考えは甘かった。メグナットが目がかち合った気がした直後には、視界から仮面を付けていた護衛が消えてしまったのだ。視界から仮面の護衛が消えた瞬間にメグナットは嫌な予感がして、気が付けばミントを力強く抱きしめ、けたたましい音と共に馬車が大きく揺れた。
「きゃああああああ!」
「っぐ……っ」
ミントの叫び声が響き、メグナットはミントを抱きしめ乍ら馬車の外に放り出された。
強い衝撃で叩きつけられるように地面に背中を打ち、そのまま転がって数十メートル先で止まったので顔を上げる。すると、馬車がひっくり返っていて馬が逃げ出し、御者が地面に倒れている姿が目に映った。
「な、何が……っ」
「まったく。油断も隙もないなあ。せっかく監視のモニターが撤去されたと思ったら、まさか見られちまうとは」
声が聞こえ、顔を向けると、そこには仮面を付けた護衛……男が立っていた。
男の顔の表情は仮面を付けていて見えないけれど、とんでもない殺気をメグナットは感じる。そして、メグナットは逃げなければ殺されると感じ取り、ミントを抱えたまま立ち上がって駆け出した。
「おいおい。逃げられちまうと証拠が散らばっちまうだろ」
仮面の男は面倒臭そうに告げると駆け出し、一瞬でメグナットの目の前に回り込んだ。
「っ!?」
「と、父さま?」
メグナットに強く抱きしめられたままのミントは未だに状況が掴めず、何が起きているのかと疑問を抱いて顔を横に向けた。そして、顔を向けた先に馬車が倒れているのが見えて、漸く自分の置かれている状況に気付き始める。
「父さま! 馬車が――」
「ぐぁあああっ!」
「――っ父さま!」
叫び声と共に体が離され、離れた父親を見た瞬間に、ミントは顔を青ざめさせて叫んだ。メグナットがミントを庇いながら背中を斬られ、ミントの目の前で倒れたからだ。
「後は嬢ちゃんだけだ」
そう告げた仮面の男は剣を構え、恐怖で震えるミントに向かって剣を振るい――
「これこれ。怯える女の子に剣を振るうとは何事じゃ」
――呆れ顔をしたミアが、仮面の男の剣をミミミピストルで受け止めてミントの前に現れた。
「ミア!?」
「聖女が何故ここに……っ!?」




