勘違い少女は目撃する 前編
天翼学園の校舎から少し離れた場所に、トレジャートーナメントを観戦しに来た貴族たちが泊まる旅館がある。しかし、今は殆ど人がいない。と言うのも、只今天翼会主催の社交界の真っ只中。貴族はこの機会を逃すまいと出席しているのだ。
そしてそんな中、若葉のように初々しい緑色の髪を持つ少女が、髪を揺らして旅館の廊下を父と一緒に走っていた。
「父さま。早くして。せっかくネモフィラ様とミアに会う機会なのよ」
「い、急がなくても社交界はまだやってるよ。それにミントは聖女様の派閥に入って会議にも顔を出しているのだろ? ネモフィラ様とは定期的に顔を合わせているじゃないか」
「ミアとはもう一年以上も会ってないの!」
廊下を走るのは、ミアやネモフィラの友人であるミントと、その父メグナット公爵。元アンスリウム派のリーダーだったメグナットも、今では聖女であるミアに忠誠を誓っていて、今はこうして娘のミントに振り回されている。そして今も眉尻を上げて訴えるミントに、眉尻を下げて「う、うむ……」と頷いて振り回される。
さて、二人が旅館の廊下を走っているのには理由があり、ミントが言っていたように社交界に行ってミアやネモフィラと会う為だけど、そもそも何故こんなにも焦る事態になったのかにも残念な理由がある。その残念な理由と言うのは、メグナットが社交界で食事をせずに交流を深める事に集中したいと言う事で、食事をしていたから。とまあ、それだけなら良かったのだけど、その後が問題だった。
本日の旅館の料理は社交界でも出される料理が振る舞われていたのだけど、これは社交界で料理を食べない人たちの為への配慮であり、天翼会からの粋な計らいだ。
しかし、それがメグナットにはいけなかった。実は今回の天翼学園の訪問が初めてだった彼は、こんなに上手い料理は我が家のシェフでも出せない味で、今まで食べた事が無いとたくさん食べた。それで食べ過ぎてしまって、ついさっきまでトイレに籠っていたのである。そんな理由だから、こうしてミントが怒るのも無理ないわけだ。
ミントは急いで旅館を出ると、待たせていた御者にお礼を言って馬車に乗り込む。一先ず後は目的地に到着するのを待つだけとなり、ミントは肩を上下に揺らして息を切らし乍らメグナットを睨んだ。
すると、ミントよりも疲れた形相のメグナットが、大量に流れ出る汗をハンカチで拭い乍ら笑みを浮かべた。
「いやあ。それにしても久しぶりに走ったよ。ミントは走るのが早いね」
「父さまが遅いだけよ。それに私はネモフィラ様とミアに少しでも追いつけるように、二人が天翼学園に通い始めてからずっとお勉強だけでなく鍛錬もしているのよ。これくらいは当然なの」
「う、ううん……。以前よりも勉強を頑張ってくれているのは嬉しいけど、ミントは女の子なのだから体を鍛える必要は無いのだよ?」
「いいえ。父さま。ネモフィラ様だって随分とお強いのよ。女の子だからって弱いままなんて、そんな決まりはないの」
ミントが自慢気に話すので、メグナットは父として複雑な感情を抱き乍ら一先ず頷く事にした。
それにミントの頑張りは父であるメグナットが一番理解している。ミアやネモフィラが天翼学園に通い始めてから、全く二人の前に現れなくなったミント。それは勿論ミントが二人と同い年で、学園に通えないからではあるのだけど、理由はそれだけでは無かった。ミントはせめて二人に少しでも追いつくようにと、学園に通える歳になるまで勉強や鍛錬をしようと考えたのだ。だから、今まで、そして今も毎日頑張っている。
今回のトレジャートーナメントはミントにとって息抜きであり、本当に久しぶりに友人たちと直接会う事が出来る数少ない機会だった。気にせず学園が休みの日にでも会いに行けば良いと思うかもしれないけれど、ミントはそれを甘えと考えて我慢し、二人に釣り合う立派な淑女になりたいと努力しているのだ。
社交界で会うのは、ハッカに招待されて見物に来たのに会わないのは、それはミアとネモフィラに失礼じゃないかとメグナットに説得された結果である。まあ、それも台無しになってしまいそうなのだけども。
「わあ。凄くかっこいい方がいるよ。父さま。ほら。あそこの少し大きな木の所」
「ん? あの方は……精霊王国のウドローク陛下だね」
社交会場へと向かう途中だった。
ミントが馬車の窓から景色を眺めている最中に、目を奪われる程の男を見つけて話しかけると、メグナットはチラリと視線を向けた。すると、そこにいたのはそれもそうだと頷ける人物、精霊王国の国王ウドローク=ヒーノ=ハートだった。




