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閻邪の粒子

 ジェンティーレの魔装ウェポンに映し出された黒い何かは、ミアの目には真っ黒な雪に見えた。どうしてそう見えたのかと言うと、それが雪のように宙をふわふわしていて、ニーフェの体に触れると雪が体温で溶けてしまうように、同じように消えてしまっていたからだ。

 ただ、妙な違和感がある。そして、その妙な違和感は直ぐに分かった。その黒い何かはミアの目にはこんなにハッキリと映っているのに、ニーフェたちは誰も気が付いていないかのように気にも留めていないのだ。雪と違って真っ黒で目立つし、普通なら気になる程なのに。

 しかも、それは時間が経つにつれて量を増している。例えるなら、随分と長く掃除していない部屋を掃除した時に出る埃だろうか。とんでもない量のそれが彼女たちの周囲に浮かんでいる。

 でも、だからこそミアはこの世界では普通の事なのかとも少し考えてしまったけれど、そうではないと直ぐに分かった。何故なら、この映像を見る前に聞いた“閻邪の粒子”と言う言葉を思い浮かべたからだ。


「これが閻邪の粒子なのじゃ? しかし、何故ニーフェ等は気にしておらぬのじゃ? こんなものがこんなにも周囲を漂っておったら、凄く気になると思うのじゃが……」

「こいつは魔力が高い者しか見る事が出来ないんだ」

「うん。だから、ニーフェちゃん達には見えないの」


 それなら納得。と思うも、自分の目には映っているので、少しくらいは見えるのでは? なんて風に疑ってしまう。しかし、ミアはふと思い出した。すっかり忘れていたけれど、試合後にハッカに呼び出された理由が、この黒い雪のようなもの……閻邪の粒子だったと。

 ミアがそんな事を思い出し乍ら眉間に皺を寄せて映像を見ていると、ヒロが真剣な面持ちで口を開いた。


「こいつは人の負の感情に引き寄せられる性質なんだけど、映像を見て貰うと分かる通り、触れると体内に吸収してしまうんだ」

「む? 溶けておるだけだと思ったのじゃが、これは吸収しておったのじゃ?」


 吸収と聞いてミアは驚いた。けど、とある事に気が付く。よく見るとニーフェの体に触れた閻邪の粒子が消えているのに対して、ワンダー等に触れた閻邪の粒子は消えず、彼等が動く度に体から離れて宙に舞うのだ。

 その事実にミアは再び驚き、顔を画面に近づけると、ヒロがより一層に真剣な面持ちで言葉を続ける。


「閻邪の粒子を吸収しすぎると魔従化するんだ」

「なんじゃと!?」


 顔を上げ、ヒロと目がかち合う。ミアはごくりと息を呑み込み、一つの答えに辿り着く。


「“未曾有の異変”の正体は……この閻邪の粒子が原因なのじゃ?」

「ああ。俺も……いいや。天翼会もその答えに辿り着いた。煙獄楽園がやっていた実験は、全部この閻邪の粒子を活性化させるものだったんだ」

「…………」


 煙獄楽園が世界の各地で行っていたとされる実験。その意味を知るのは神王のみで、神王がラーンに封印されたせいで謎のままとなっていた。しかし、ようやくその答えに辿り着いたのだ。

 ミアにとっては、記憶を失ったせいで話に聞いただけしか知らない事。正直な気持ち“漸く”と言いたい気分でも無い。でも、それにはネモフィラや色んな人々が振り回されていた事を知っている。だから、原因が分かった事は素直に嬉しかった。

 だけど……。


「原因が分かったのは良いのじゃが、未曾有の異変を抑える為の解決策はあるのじゃ?」

「今の所は無い。実は原因が判明したおかげで新たな難題が浮かび上がったんだ」

「新たな難題……なのじゃ?」


 他にも何か面倒な事が起きたのかとミアが訝しむと、ヒロも顔を顰めて答える。


「閻邪の粒子ってのは、元々は昔に聖女が世界から消したものだったんだ」

「なんじゃと……っ? でも、ここに映っておるではないか」

「そうなんだよ。だから俺達も意味が分からなくて……。こいつをどう防げば良いのか分からない。昔に聖女がやった方法で消しても意味があるのかも分からないし、何よりニーフェが魔従化した場所を調べても何も無くて、発生した条件すらわからない」

「負の感情に引き寄せられたんだと思うけど、でも、発生した後にそこから消えるなんて昔は起こらなかったの。ミアちゃんを呼んだのはね。この事を知らせる為と、もしかしたら聖魔法を……その…………頼るかもしれないから」

「だから、ワシ一人だけを呼んだのじゃな」


 確かに、これは他の人の前では話せない。以前、魔従の卵で魔従化した者を救った時に、ミアは記憶を失っている。と、ミアは聞いた。強い聖魔法を使う度に失う記憶。そして、今のミアでも分かる動かなくなった両足。それにワンダーを助けた時の事だってある。今世の記憶を失って記憶の欠けた今のミアでも、これ以上の聖魔法の使用は危険だと言うのは嫌でも分かった。勿論、ネモフィラたち友人や侍従、親しい者が聖魔法を使う事を望まない事も。

 隣に視線を向ければ、ジェンティーレはとても辛そうな表情を見せていた。彼女だって、ミアを大切に想う一人だ。決してミアが聖魔法を使う事に納得しているわけでも賛成しているわけでは無い。でも、感情のままに否定する事も出来ない。

 だから、ミアはジェンティーレに微笑み、そしてヒロに真剣な面持ちで顔を向けた。


「存分に頼ってくれて構わぬ。ワシがその閻邪の粒子とやらを消し去るのじゃ」

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