黒い雪
「今から学園長室に行くのですか?」
「うむ。実は呼び出しを受けていてのう。大事な話があるとかで、もう直ぐジェンティーレ先生が迎えに来るのじゃ」
「そうなのですね」
食事を終え、家族と別れて部屋に戻る途中。ミアが天翼会の会長兼学園長に呼ばれていると話すと、ネモフィラは少しがっかりした様子を見せた。
因みにミアが呼ばれたのは天翼学園に戻って来て直ぐの事で、検査中の事である。そして、ネモフィラががっかりしたのにも理由があった。
「これから他国との社交界でしたのに……」
そう。社交界。実は、トレジャートーナメント開催中は各国の王族や貴族がこの学園に集まって寝泊まりをするので、夜になると社交界が開催されるのだ。一部の者の中では、この社交界こそがトレジャートーナメントの開催期間で一番注目しているイベントだ。だから、社交界でも一応は食事が出されるけれど、それよりも他国との交流を優先させる為に、先に食事を済ませてから向かう者が多かったりもする。チェラズスフロウレスは元々弱小国なので、この社交界に対しての注目度も高くネモフィラ含め王族は先に食事を済ませるのだ。
そして、今日がその社交界の日。ネモフィラはミアを連れて参加するつもりでいたので、とてもがっかりしたのである。
「用事が早く終わったら顔を出すのじゃ」
とは言うものの、正直な気持ち早く終わる気はしていない。この社交界は天翼会主催で開かれるので、それなりに大事な催しだ。そんな中でミアは急遽呼び出しを受けたので、よっぽどの事があるに違いなく、簡単に話が終わるとは思えないのである。
そしてそれはネモフィラでも予想出来た事で、期待はせずに「お待ちしております」と力無く頷いた。
◇◇◇
ジェンティーレに連れられて学園長室に辿り着くと、ミアは透明な魔石を使って隠し部屋へと進んだ。
やはりと言うべきか重要な話のようで、そこに集まっているのは天翼会でも一部の者だけ。会長ヒロとシャインに、ジャスミンとジャスミンの精霊たちとリリィに、モーナスとカナと試用入園の時にお世話になったスミレと言う名前の先生だけだった。
ジャスミン以外の各国の寮長はここにはおらず、恐らく社交界の方を任されているのだろうとミアは考えた。
「急な呼び出しに応えてくれてありがとな」
ここまで車椅子を押してくれていたジェンティーレが椅子に腰を下ろすと、天翼会の会長である手の平サイズの二頭身、精霊神ヒロがそう告げて微笑みを見せる。ミアがそれに「うむ」と頷いて微笑むと、ヒロは少し安堵した表情を見せた。と言うのも、ヒロはヒロで少し罪悪感があったからだ。
何せ今は社交界の真っ最中。ミアも出たかったのではと内心思い、申し訳ないと思っていたのだ。しかし、その感情を押し殺してでも伝えなければならない事がある。
ヒロは安堵すると、気持ちを引き締めて言葉を続けた。
「まず先に一方的な話で悪いけど、ここで今から話す事は他言無用でお願いしたい。いいか?」
「侍従も連れずに来たのじゃ。だから、最初からワシはそのつもりなのじゃ」
「そう言ってもらえると助かる」
同意を得られてヒロがホッとして頭を下げると、隣に立つシャインが口を開いた。
「ニーフェちゃんが魔従化した原因が分かったの」
「む? 原因……なのじゃ? あれは魔従の卵とやらでなったのでは無いのじゃ?」
「うん。私達も最初はそれを考えていたんだけど、違ってたんだ。ミアちゃんは閻邪の粒子って知ってる?」
「閻邪の粒子……」
ミアは記憶を失っているので、基本は自分を知る周りから聞いた話の知識しか持っていない。勿論これまで無くした記憶を補う為に、色々な本を読んだりして学んでいたけれど、少なくともその中には“閻邪の粒子”なんて物は無かった。
ミアは閻邪の粒子と呟くと少しだけ考えて、やっぱり分からないと思い、素直に「分からぬのじゃ」と答える。すると、それはヒロたちも予想していた事なのだろう。
ジェンティーレがミアの前にタブレットパソコンのような見た目の魔装知恵の楽園を置き、画面に映像を流した。
「む? これは……」
そこに映っていたのは、ニーフェやワンダー等だ。何を話しているかまでは音声が流れていないので分からなかったけれど、ニーフェが怒っているのは見て分かった。そして、ニーフェの側に得体のしれない黒い何かが映っていた。
「…………黒い……雪なのじゃ?」




