お昼寝の邪魔はよくない
頭に冠を乗せた眠気眼な手の平サイズの二頭身。魔法で重力を自由自在に操る事が出来る土の精霊。名をラテール=スアーと言う。
ラテールはミアの頭の上に乗ってやって来ると、重力で身動きが取れなくなって這いつくばる子供たちを見回してから欠伸を一つする。
「ミアから話は聞いたです。ルッキリューナ、単刀直入に聞くです。なんで魔装を悪用したです?」
「え……っ!? 違います。私は犯人じゃない。犯人はサンビタリア様です!」
「違う! 犯人はこいつよ!」
二人の主張を聞くと、ラテールは面倒臭そうにミアに視線を向ける。と言っても、頭の上に乗っているので俯いているようにしか見えないし、なんならミアには見えていない。その姿は周りから見れば困っているようにも見えて、ルッキリューナが勘違いしてニヤリと笑みを浮かべた。
「聞いて下さいラテール先生。サンビタリア様は今まで私達サンビタリア派の親を持つ生徒を散々利用していたんです。学園では真面目に働いている良い先生に見えますけど、国に帰ればネモフィラ様を苛め、それを私達にやらせるような陰湿な人なんです!」
ルッキリューナが訴えた事は全て事実。サンビタリア派の親を持つ子であれば、誰もが知っている事だった。だからだろう。元々それが嫌だった何人かの生徒が同意するように表情を変えた。そして、ルッキリューナの言葉でサンビタリアへ向けていた感情が更に強い怒りに変わった者も少なくない。
ネモフィラはチェラズスフロウレスで人気のある第三王女で、もちろん子供たちにもその影響がある。親が別の派閥であっても、ネモフィラのファンと言う者も多いのだ。しかし、そんな事はラテールには関係のない事だった。
「面倒です」
ラテールは本当に面倒臭そうに呟くと、顔を上げてネモフィラに視線を向けた。
「ルッキリューナが言っていた事は本当の事です?」
「……はい」
ネモフィラは少し悩んでから頷いた。悩んだのは、ミアの事を言うかどうかでだ。でも、今はミアの事は関係が無いので言わない事にした。きっと言う事をミアが望まないから。
ネモフィラが頷くとラテールは呆れたような顔になり、ルッキリューナに視線を移す。
「お前の犯行動機は分かったです」
「っ!? は、犯行動機……? ラテール先生? 何を仰ってるんですか?」
まさか犯行動機にされるとは思っていなかったのだろう。ルッキリューナとしてはサンビタリアは最低な者だと理解してもらい、犯人は間違いなくサンビタリアだとなる筈だった。しかし、微塵の欠片もそんな雰囲気が無い。
「ルッキリューナ。ラテは眠いんです。つまんない事で粘ってないで、さっさと犯人って認めるです」
「違います! 誤か――っ! その子ですね! その子が何か言ったんですね!」
ルッキリューナがラテールの乗り物……基ミアを睨み見て、ミアは冷や汗を流す。
「ネモフィラ様の腰巾着! 貴女がラテール様を唆して嘘を教えたのね! ネモフィラ様の次はサンビタリア様に気にいられようと言うの!」
「ぬぬう。ワシってそんな風に思われておったのじゃ?」
怒るルッキリューナと比べて、随分と呑気なミア。だけど、まさか自分が周囲からネモフィラの腰巾着扱いされていたとは思わず、リベイアやミントに視線を向ければ、二人は躊躇いがちに頷いた。それはつまり、自分が知らなかっただけで、本当に知らない所で腰巾着扱いされていたと言う事。
(もしかして、ワシってフィーラの派閥の者から嫉妬されておるのじゃ……? そうなると、嫌がらせも実は嫉妬でやっていた者もおったのかもしれぬのう)
「ミアの話なんて、どーでもいいです。それよりルッキリューナが犯人だなんて、ミアに言われなくてもラテなら分かるです」
「な、何を根拠に……」
どうでもいいと言われて若干落ち込むミアの頭上で、ラテールが手を上げる。すると、重力で床に這いつくばっていた子供たちが解放され、動揺を見せながら起き上がろうとした。でも、それはさせてもらえない。ラテールが座っていれば影響のない空中に重力を発生させて、それを阻止したからだ。
子供たちはそれに気がついて黙って座るだけ。と言うのも、これはよくある事だから。ラテールは生徒たちを黙らせる時に、いつもこうして黙らせて大人しくさせるのだ。それを知らないのは試用入園で来ている子供だけで、その子供も重力の恐怖で周囲に見習って同じようにした。
「ルッキリューナ。お前の魔装の特徴をラテが知らないとでも思ったです? もし思っていたなら、ラテもなめられたものです。ラテは怠惰を謳歌してるけど、別にそれは無能と言う事では無いです」
「私は別にそんな事……」
(怠惰を謳歌……っ!? か、かっこええのじゃ)
何がかっこいいのか分からないが、その時、ミアの脳内に電流が走った。が、それはどうでも良い事。サンビタリアがニヤリと笑みを浮かべて、甲高い声を上げる。
「ざまあないわね! ルッキリューナ! 流石はラテール先生だわ!」
「サンビタリア。お前も黙るです」
「え……?」
「ラテはさっさとお昼寝をすると言う重大な任務があるです。他の皆も余計な事は喋るなです。これからミアがルッキリューナが犯人と言うのを証明するから、それで全て解決です。存分にありがたく思うと良いです」
(む? 今ワシの名を呼ばんかったか? 気のせいなのじゃ?)
「今からミア対ルッキリューナの試合を開始するです。ミア、気張ってルッキリューナの魔装を使わせて証明してやれですよ」
「……へ? そんなもん聞いとらんのじゃ!」
「今思いついたから当たり前です。これはラテのお昼寝を邪魔した罰です」
「のじゃああああ!?」
(皆の前では魔法が使えんと言うのに、どうしろと言うのじゃ!?)
ミアが悲痛に叫び、ラテールが眠気眼でニヤリと笑む。子供たちは皆が動揺と困惑を見せ、サンビタリアやルッキリューナもそれは同じだ。しかしそんな中、唯一目を輝かせたものがいる。それは、期待に満ちた眼でミアを見つめる桜色の髪を持つ王女様。
「ミア! 頑張って下さい!」
そう。ネモフィラである。ミアと“王子さま”への期待に満ちた目をしたネモフィラの目がかち合い、ミアは試合から逃げられないと悟って諦めたのだった。




