聖母の頼み事
聖属性の精霊神シャインに聖魔法の正しい使い方を教わる事になったミアが肩を落としていると、ジェンティーレが可笑しそうに笑みを浮かべた。ミアがそれに気づいて恨めしそうに睨めば、ジェンティーレはそれを笑顔で返す。すると、不意に精霊神である学園長ヒロが「一先ず自己紹介は終わったし、そろそろ本題に入るか」と声を上げ、皆の注目が集まった。
ミアとネモフィラも視線を向ければ、ヒロは満足したような笑みを見せ、聖奉国カテドールセント寮の寮長マレーリアに視線を向ける。ヒロに集まっていた視線はマレーリアに集まり、マレーリアは穏やかな笑みのまま頷くと口を開いた。
「実はミア……いいえ。聖女様にお願いが――」
「ワシは聖女では無いのじゃ」
「――え?」
はい。いつものです。聖女と言われた途端に条件反射のように答えたミアに、マレーリアは何度も瞬きをして驚いた。そしてそれは彼女だけでなく他の重役たちも同じで驚いて、ミアの隣に座るネモフィラが特に動揺する様子も無く笑顔なのを見て、色々と察する。
「で、では、ミア様にお願いがあります」
「ワシにお願いなのじゃ? 構わんが、それよりも“様”はいらぬ。呼び捨てで良いのじゃ」
「しかし、聖――こほん。ミア様を呼び捨てするわけにも……」
「ぬう」
「マザーマレーリア。ミアのお願いを聞いてあげて下さい」
「ネモフィラ殿下……。承知しました。では、恐縮ですがミアと呼ばせて頂きますね」
「うむ」
本当は丁寧に話されるのも気になったけど、ネモフィラやネモフィラの母アグレッティも誰にも敬語なので、その類なのだろうと納得する。そうしてミアが満足して笑顔で頷くと、今度こそマレーリアが本題をと話し始めた。
「今朝の事を生徒から伺いました。シスターサリーがネモフィラ殿下に失礼な発言をしてしまい、申し訳ございません」
「え? わたくし?」
ミアの事での話だと思っていたら、突然自分に話が振られて頭を下げられ、ネモフィラは驚いて慌てる。
詳しく話を聞くと、今朝の言い争いの後に、マレーリアの許に抗議をしに何人もの生徒が来たようだ。そしてその中には代弁者と名乗るサリーもいた。彼女が中心となって生徒たちを引き連れて、聖女の前で無礼をされたと苦情しに職員室まで来たのだ。挙句の果てには始業式か入学式でチェラズスフロウレスに釘を刺すべきだとまで言われ、宥めるのに苦労したのだとか。
因みに、ミアが本物の“聖女”である事はマレーリアも知らされている為、無礼なのはこっちだとも言えず本当に困ったらしい。と言うか、聖女だとか関係無しに、他国に喧嘩を売るような事を大人が生徒を引き連れて率先してやるなと言いたい所である。
「なんだか申し訳ございません。ご苦労をおかけしました」
「いえ。こちらこそ申し訳ございません」
頭を下げあう二人に、職員室で現場を見ていたであろう数人が肩を落として苦笑している。そして、それが終わるとマレーリアはミアに顔を向け、真剣な面持ちで目をかち合わせた。
「そこで相談なのですが、ミアが“聖”魔法の使い手だと話す事は出来ないで――」
「嫌じゃ」
「――そう……ですか」
言葉を言いきる前の即答。ミアの意思は鉄よりも固く、これだけはいつまで経っても変わらない。その確固たる揺るぎの無い信念を感じ取り、マレーリアは直ぐに理解して肩を落とした。
「突然無理なお願いをして申し訳ございませんでした。今朝の事は無事に治まりましたが、また何かあるかもしれません。その時は相談に乗りますので、どうか気軽にお声かけ下さい」
「分かったのじゃ」
「ありがとう存じます」
もう一度ネモフィラとマレーリアが頭を下げあう。その様子をミアは見つめ乍ら、やはり“聖女”は面倒だと他人事のように感じていた。




