自己紹介
ラテールがミアの頭に乗って周囲の視線を集めると、その中にはヘルスターの姪ユーリィ=グレイマルの姿もあった。ユーリィはもう一人のチェラズスフロウレスの生徒と一緒にいて、視線をミアたちに向けたまま二人で何やら楽しそうに話している。
ミアは少しだけ気になったけど、ラテールが「みんな適当に座るです」と声を上げたので、ネモフィラと一緒に近くの席に向かおうとした。けど、しかし、そこでラテールにペチリと頭を叩かれる。
「何処行くです? ミアは教壇です」
「のじゃ?」
仕方ないのでネモフィラに先に席に座ってもらい、ミアは教壇の上へと向かった。ラテールに誘導されて教卓の前に立たされると、そのまま気を付けを命じられてしまい渋々それに従う。他国の生徒の注目は勿論浴びていたし、ミアは今直ぐにでも逃げ出したかった。けど、残念乍らそれは出来ない。
「今日からお前達の担任になったラテール=スアーです。見ての通り土の精霊で、この見た目でもお前達の何百倍も生きてるです。逆らったり生意気な事したら容赦なく教育してやるから注意するといいです」
ここが現代日本なら問題すぎる発言。しかし、ここは異世界の天翼学園だ。ラテールの言葉は問題にはならないし、文句があるならそれこそ然るべき教育を施される事だろう。
新入生たちは緊張した面持ちでごくりと息を呑み込み、ラテールの発言が冗談では無い事を直感で感じとった。そしてそれを裏付けるようにして土台代わりにされているミアの姿。何も知らない新入生たちから見れば、ラテール先生の反感を買った悪ガキが体罰を受けているようにしか見えない。自分はああはならないと、新入生たちは心の中に強く刻み込んだ。
対するミアは、どうでもいいから早く終わってほしいと願うばかりである。と言うか、本当にここまで注目され、しかも入学式前の説明が始まってしまっては逃げたくても逃げれない。それこそラテール先生の教育を受ける羽目になってしまう。
尚、ミアが教壇に立たされている理由は、ミアの頭の上が“居心地が良いから”と言うしょうもない理由である。完全なる職権乱用なのだけど、それに気づいている者は誰一人としていないし、もし気づいていても注意を出来る勇気ある者など一人もいなかった。
「じゃあ、まずは今日の予定を説明するです」
そう言ってラテールが本格的に説明を始めていく。と言っても、今日は入学式だけなので直ぐに終わるので、説明も早いものだった。だから、その後はクラス全員の自己紹介が始まる。勿論教壇に立つミアが一番最初である。
「春の国チェラズスフロウレス第三王女ネモフィラ様の近衛騎士、ミア=スカーレット=シダレなのじゃ。年は六歳で、お主等よりも五つも年下なのじゃ。歳の差もある故、皆には色々と苦労をかけるかもしれぬが、よろしくお願いするのじゃ」
「知っての通り、ミアは今年特別に入学を許可されたチェラズスフロウレスの第三王女ネモフィラのおまけです。お前達はミアよりもお姉さんとお兄さんだから、優しくしてやれです」
ミアの自己紹介に続いてラテールが話すと、疎らに「はーい」と返事が聞こえ、ミアの自己紹介が終了する。それからは端っこから順番に自己紹介をしていき、ネモフィラの番になる。
「先程少しご紹介に預かりましたネモフィラ=テール=キャロットです。若輩者ではありますけど、春の国チェラズスフロウレスの第三王女として、恥ずかしくない振る舞いを心がけようと存じています。どうぞこれからよろしくお願い致します」
ネモフィラは最後に軽く会釈し、着席する。するとその直後に、大きな拍手が一つ……いや二つ、教室内に響き渡った。その拍手に驚いて視線を向ければ、そこにはユーリィ=グレイマルともう一人のチェラズスフロウレスの生徒の姿。二人は何故か感極まった表情で、これでもかと言うくらいに拍手していた。
(な、なんじゃあ……?)
ミアがその二人の様子に驚いていると、周囲の視線に気がついた二人が拍手をやめて、ユーリィが何食わぬ顔して「お騒がせしてすみません。どうぞ続きを」と言ってニコリと笑む。
教室内には微妙に気まずい空気が流れ始めたけれど、ラテールが「じゃあ次です」と言い出したので、ネモフィラの後ろの席に座っていた生徒が気まずそうに立って自己紹介を始めた。そして、何人かの自己紹介の後に、遂にユーリィの自己紹介が始まった。
「チェラズスフロウレス一のネモフィラ第三王女殿下の信者ユーリィ=グレイマルです。一にネモフィラ様、二にネモフィラ様、全てをネモフィラ第三王女殿下に捧げる覚悟を、私はいつでも持ち合わせています。最近の趣味はネモフィラ第三王女殿下とミア近衛騎士嬢の仲睦まじい景色を眺めてのお茶会を開く事です。因みに誤解の無いように先に申しますが、私の叔父にヘルスターとか言う一族の面汚しがいましたが、あの男を慕って私に近づこうと言うのであれば、あの男と同様の末路を提供します。逆に、我等が愛するネモフィラ第三王女殿下や、そのご親友であり憎きヘルスターを地獄に落とした我等がネモフィラ第三王女殿下の近衛騎士ミア様の事で話をと言うのであれば四六時中受け入れる所存です。私と一緒に二人の素晴らしいひと時を見守ろうではありませんか!」
(め、めちゃんこ濃いのがきたのじゃあああ!?)
グレイマル伯爵家、恐るべし。ユーリィ=グレイマルと言うヘルスターの姪は、ある意味でヘルスター以上にやべえ少女だった。




