聖女との対談
他校の生徒に道を開けさせる集団。そんな彼女等を見つめていると、ミアと先頭を歩く少女の目がかち合い、何故か少女がミアに向かって歩いて来た。その様子には引率中のリリィも気がついて足を止め、訝しむように少女たちに視線を向ける。そして、少女たちはミアたちと向かい合うように立ち止まった。
「ごきげんよう。私、聖奉国カテドールセント出身の“聖女”チェリッシュ=ボーラティアと申します。今日から学園に通わせて頂く新参者ですが、どうかよろしくお願いしますね」
「ごきげんよう。わたくしは春の国チェラズスフロウレスの第三王女ネモフィラ=テール=キャロットです。わたくしも今日から入学する事になりました。よろしくお願い致します」
(近くで見るとデカいのう。百四十センチくらいありそうなのじゃ)
まずはお互いの一番立場の高い者同士での挨拶。王位継承権を持つ王太子のサンビタリアもこの場にいるけど、今はあくまでも付き添いなので前に出ない。それに、サンビタリアは以前この学園で事件を起こしている。それを考えれば、代表として前に出るのはやめておいた方が良い。実際にサンビタリアの存在に気がついたカテドールセントの生徒の何人かは、その姿を見て怪訝そうに顔を顰めていた。
「ところで、ネモフィラ様の衣装は天翼会が特別に用意した制服と言うのは本当でしょうか?」
「はい。わたくしとミアはまだ六歳で、本当は学園には通う事が出来ません。ですから、他の方と一目見て分かるようにと、態々準備して頂いたのです」
「まあ。それは本当に感謝をせねばなりませんね」
と、笑顔のチェリッシュ。だけど、その笑顔は目が笑っていない。
「それから一つ気になる事が。去年学園を卒業したアネモネ様が、“聖女の代弁者”と名乗っていると耳にしました。これは本当の事でしょうか?」
チェリッシュの質問に場の空気が一変する。緊張で張り詰めた空気が流れ出し、チェリッシュの背後に立つ者の何人かの顔からは怒りが見えた。
しかし、何も怖気づく事は無い。ネモフィラはこの場にいる誰よりも“聖女”の側にいて、誰よりも“聖女”の事に詳しいのだから。ジェンティーレには気を付けるようにと忠告を受けていたけれど、“聖女”の友人として、ここで引く事は出来ない。だから、自らを聖女と名乗ったチェリッシュ相手にも身を引く事無く、堂々とした態度で答える。
「もちろん本当の事です。アネモネお姉様は“聖女様の代弁者”です」
「――っ」
ネモフィラのあまりにも堂々としたその態度に、そして何の迷いも無い言葉に、質問したチェリッシュが驚いて目を見開く。背後にいた者たちも同じく驚き、全員が言葉を失った。だが、しかし、そんな中でも一人だけ、そうで無い者がいた。
「ネモフィラ第三王女殿下! いくら六歳でまだ幼いとは言え、無礼にも程があるわ!」
他国のとは言え王族であるネモフィラ相手に怒鳴りつけた無礼者は、二十代前半の修道服を身に着けた女。女はチェリッシュの隣に立ち、ネモフィラを鋭い目つきで睨んでいる。そんな彼女の様子にネモフィラは驚いて目を丸くするが、彼女の怒りはまだ収まらない。
「このお方は世界が待ち望み誕生した“聖女”様よ! その聖女様と全くの関わりを持たぬアネモネ第二王女殿下を“聖女様の代弁者”などと! よくもそんな嘘を聖女様の前で恥ずかし気も無く言ったわね!」
「シスターサリー。言葉が過ぎます」
「しかし、聖女様! この娘は自分の立場を全く分かっていません! それに、聖女様の代弁者はこの世で私ただ一人! それをこの娘は!」
「落ち着いて下さい。例え聖女の代弁者であるあなたが一国の王女よりも立場が上であっても、礼儀を忘れてはなりません」
「――っ。聖女様。申し訳……ございません…………」
(怒ったり落ち込んだり、忙しい女子なのじゃ)
なんて事を考えているミアの隣で、ネモフィラがまだ目を丸くして驚いている。しかし、理解した。目の前で怒っているシスターサリーなる人物は、自分以外の聖女の代弁者の存在を認めたくないのだと。
いや。正確には、それが偽りだと思っているのだろう。何故なら、本当の聖女が目の前にいる事も、その聖女がアネモネを代弁者にした事も知らないから。サリーにとって聖女はチェリッシュで、自分こそが代弁者なのだ。
しかし、困った。本物の聖女の正体を教える事が出来ないし、だからと言って、彼女の言う事を認めるわけにもいかない。ネモフィラはまだ六歳で幼いと言うのに、目の前の大人気ない彼女のおかげで、随分と大人な考えに至っていた。
そしてそんな中でも、サリーは鋭い目つきでネモフィラを睨み、おかげでネモフィラの背後に控えている侍従たちが怒気を孕んでいる。正直ここに喧嘩っ早いルーサがいなくて良かったとすら思えてくる。しかし、そんな中で、ミアが空気をぶち破る。
「聖女の代弁者とか、そんなもんどうでも良いし誰でも良いのじゃ。と言うか、謝るならその聖女では無くフィーラに謝るべきじゃろう? こんな連中は放っておいて、早く行くのじゃ。クラスのチェックなのじゃ」
最早喧嘩を売っている発言。ミアはネモフィラに笑顔を向けているけれど、空気は最悪だ。ネモフィラに向けられていた睨みがミアに移ったのは言うまでもなく、更には背後にいたカテドールセントの生徒の怒りを買ったのも言うまでもなかった。
こうして、入学早々……否。入学前から、ミアは聖奉国カテドールセントと言う聖女集団に目を付けられてしまった。




