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噂の聖女

 点呼が終わり転移装置を使用し、天翼学園の敷地内にあるチェラズスフロウレス専用の転移塔へとやって来た。荷物等の類は、これから暫らく生活する部屋に侍従たちが先に持って行ってくれているので、寮には寄らずに塔を降りて外に出る。すると、そこではリリィが待っていた。


「荷物を部屋に持って行く子もいるだろうから、全員が集まるまでしばらく待っていてね」


 挨拶を交わした後にリリィに告げられ、ミアたちは他の生徒を待つ事になる。のだけど、やはりと言うか、実は城内にいた時から気になっていた周囲からの視線。ミアとネモフィラだけ天翼学園指定の制服を着ているので、何かと目立っていたのである。

 居心地の悪さを感じるミアは、出来る限りに身を潜める。が、隠れる場所があるわけでも無く、ネモフィラの隣でゲッソリと肩を落とす。


「あ。そう言えば、貴女達のお城の料理人のグテンとカウゴだったかしら? 彼等には特別許可を出して、今後は寮内で料理を担当してもらう事になったわよ」

「のじゃ?」


 突然グテンとカウゴの話題が出て、ミアが驚いて首を傾げた。すると、サンビタリアが「ああ。あの件ね」と呟いて、笑みを浮かべて続ける。


「ジェンティーレ先生が是非と言って推薦してくれたのよ」

「お師匠様がですか?」

「ええ。お城の料理を色々と食べた結果、あの二人の作る料理が一番美味しかったらしいわよ。何度か色んな場所で食事をしていると聞いていたけど、まさかこれを計画していたなんてね」


 苦笑し乍ら説明するサンビタリアの言葉を聞きながら、ミアは以前に騎士寮の料理を食べていたジェンティーレの姿を思い出し、「どうりでなのじゃ」と呟いた。

 話を聞けば寮内の食事をリリィが殆ど作っていたらしく、しかし、彼女は多忙な身。手の込んだ料理を作る暇があまりなく、今日から住む“聖女”に提供出来るような料理を出せるか謎なところ。聖女本人であるミアは、簡単に作れる料理でもきっと喜んで食べてくれるだろう。しかし、だからこそ、こう言う事はきちんとしたいとなり、グテンとカウゴの二人にお声がかかったと言うわけだ。二人ならば、いつも聖女が食べている料理を作っていると言う実績があるのだから。しかも、聞けばミアとネモフィラの専属との事。これはもうこの二人に頼めば間違いない。となり、ミアの知らない所で話が進んで決定したようだ。

 そうしてチェラズスフロウレス寮でも料理を提供する事になったグテンとカウゴだが、二人も今は引っ越しに忙しくしている。


「皆揃ったわね」


 会話をしていると集まったようで、リリィの案内で学園の敷地内を進んで行く。綺麗に整えられた芝生しばふや、とても可愛い春の花。整備された道を歩いてそれ等を見つめて進んで行けば、天翼学園の校舎が見えてきた。その頃になるとミアやネモフィラと同じ今年度から入学する貴族の子供たちは疲れてしまっていて、入学初日だと言うのにぐったりした様子になっていた。

 しかし、それもその筈だ。天翼学園の校舎への道程は整備された道を進むので歩きやすくはあるが、距離が長い。その距離なんと約三キロ。子供の歩く速度であれば、五十分くらいか、子供によっては一時間はかかってしまうだろう距離。実際にこの時も足の遅い子に合わせて進んでいたので一時間近くもかかっていた。

 そう言うわけで、通い慣れた新入生以外の生徒は平気な顔をしていたけど、新入生はそうはいかない。貴族は長距離を移動する時は基本馬車を使うし、三キロどころか一キロすら歩いた事も無い子供たちばかりなのだから。しかし、そんな中でも、ミアとネモフィラは涼しい顔して仲良く手を繋いで歩いている。


「あ。もう着いてしまいました。もう少し綺麗な景色を眺めて、ミアとお話し乍ら歩きたかったです」


 なんて余裕の言葉まで出るネモフィラ。流石ミアの付き添いで何度も城下町にお忍びしていただけあって余裕である。そんな王女の姿に、歩きなれた生徒も新入生たちも驚いていた。そしてこの時、流石は王族。我々とは違う。と、印象付けたのは間違いなかった。のだけど、それ等の思考は直後に別のものへと移り変わる。


「全員、今直ぐ道を開けろ! 聖女様の御前である!」


 突然聞こえた声に含まれた“聖女”の文字。自然と視線をそちらに向ければ、自分たちとは反対の方角から歩いて来た集団、修道服姿の上級生を背後に引き連れた少女の姿があった。

 少女は桜色のメッシュが入った金髪に、桜色の瞳を持ち、首からは“聖女の指輪”を装飾としたネックレスをげている。少女も修道服を着ていたけど、他の者とは少し違う。他の者が黒と白のみの修道服なのに対して、少女は少し明るい青と白だ。

 勝気に微笑み歩く少女と、周囲を警戒して歩く上級生たち。その背後には少女と同学年らしき生徒が荷物を持って歩いていた。


「おお。あれが噂の聖女なのじゃ? でも、なんか偉そうなのじゃ」


 他校の生徒たちが“聖女”と言う言葉に驚き道を開けていく姿を見て、ミアはそんな事を呟いた。

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