もう一人の聖女
※第七章開幕です。
チェラズスフロウレスから遥か遠い地に、聖奉国カテドールセントと言う王のいない国がある。そこは七人の教祖によって秩序が保たれており、人々は神では無く“聖女”を崇拝している。七人の教祖はそれぞれ独自の大きな大聖堂を持っており、従える牧師たちに教会を与え、各地に教えを説いていた。
そしてこの日、とある大聖堂に祀られている聖女の像の前で、祈りを捧げる少女の姿があった。
「チェリッシュ。ここにいたのね」
背後から女に声をかけられ、チェリッシュと呼ばれた少女は祈りをやめて振り向き、女の姿を見ると小さく微笑んだ。
少女の名はチェリッシュ=ボーラティア。教祖の内の一人“慈愛の教祖アフェクション”と呼ばれる男の愛娘で、今年天翼学園に入学する予定の十一歳の少女である。
チェリッシュの髪は桜色のメッシュが入った金色の髪で、長さは肩にかかる程度。桜色の綺麗な瞳をしていて、顔立ちは整っている。修道服を身に着けていて、十一歳のわりには身長がそれなりに高い。
チェリッシュは小さく微笑むと、女の許へとゆっくりと歩いて近づいた。
「シスターサリー。どうされましたか?」
サリーと呼ばれた女はチェリッシュに尋ねられると、柔らかな笑みを浮かべる。
「私の可愛いチェリッシュ。二人きりの時はお姉様と呼んでほしいわ」
「うふふ。お姉様は甘えん坊ですね」
二人は頬を染めて微笑み合い、そして、サリーが指輪を通したネックレスをチェリッシュに見せる。
「これは……っ?」
「古の時代、聖女様が戦場に赴いた時に、いつも指にはめていたと言われている“聖女の指輪”よ。アフェクション様がチェリッシュに渡すようにって」
聖女の指輪。それは、聖女が昔使っていたと言われる魔道具。聖女が現れた時にお返しするようにと言い伝えられ、七人の教祖の下で厳重に保管されていた。
その指輪がロザリオの十字架のようにネックレスを飾り、サリーの手の平に置かれた意味を、チェリッシュは理解し、目を輝かせた。
「お姉様」
「チェリッシュ」
呼び合い、そして、サリーは指輪を装飾したネックレスをチェリッシュの首にそっと優しく掛ける。チェリッシュは喜び頬を染めて笑み、サリーも微笑む。
「嬉しい。お父様以外の六人の教祖様全員に、私が“聖女”として認められたと言う事なのですね」
「ええ。そうよ。でも、意外とあっさりだったそうよ。だって、チェリッシュは“光”の魔法が使えるのだもの」
チェリッシュこそが、自分を“聖女”だと天翼会に名乗り出た者だった。しかし、彼女はミアのように“聖”魔法が使えるわけでは無い。では、何故こうも自分が聖女だと思い、周囲もそれを認めたのか? それは、魔法に下位属性と上位属性が存在するのが原因である。
“聖”属性の魔法とは上位の属性であり、その下位の属性に当たるのが“光”属性だ。“光”の属性を持つ者自体が貴重である為、世界中何所を探しても見つける事は出来ないだろう。だからこそ、“聖”属性の下位である“光”属性を持つチェリッシュは、いずれ聖女として覚醒すると判断された。
「何故今までチェリッシュの事を秘密にしていたのか。と言われたと、アフェクション様が楽しそうに話していらっしゃったわ」
「うふふ。身の安全の為にと、お父様が学園に通うまでは黙っておこうと言っていたから」
「ええ。私も知っているわ。実に素晴らしいご英断よね。現にチェリッシュが聖女と分かった途端に、教祖全員が自分の子供や血縁者と婚約をと言い出したのだもの」
「まあ。怖い。私は聖女なのだから、清く穢れ無き身を保たねばならないと言うのに」
「そうね。私のチェリッシュが男と婚姻を結ぶだなんて、そんな汚らわしい事は許されないわ」
「お姉様は甘えん坊な上に嫉妬深いですね。でも、そんな所が可愛いです」
二人は頬を染めて微笑み合い、両手を重ねて胸が触れ合う距離まで近づき、見つめ合う。そんな二人を、聖女の像だけが慈愛に満ちた笑みで見つめていた。




