幕間 兄は事件を振り返る
「はあ。久々の家はやっぱ落ち着くなあ」
王城と比べたら小さい犬小屋のような平民の家。それでも俺とミアの共同部屋もあるし、田舎にしては大きいと呼べる家。そんな我が家に、俺は帰って来た。
「少し休憩したら掃除から始めるわよ」
「ええっ。面倒だなあ」
「ははは。もう何日も留守にしていたし仕方が無いと諦めるんだね」
俺の名前はエンド。エンド=スカーレット=シダレだ。
平民にしては珍しく、ファーストネームとミドルネームとラストネームで名前が三つ。こんなに名前があるのは多分この村では俺の家くらいだ。けど、他の村や町は知らないけど、妹のミアがお世話になってる王族の人達も三つあったし、同じ様な人もいっぱいいるんだと思う。
でも、母さんと父さんにはあまり口外するなって言われてるんだよな。何で? って一度聞いた事あるけど、理由は成人してから話すだってさ。
「エンド。王都に行ったんだろ? どんなとこだったか話を聞かせてくれよ」
家に帰って来た翌日。友達のトマックが遊びに来た。
こいつは俺と違って五歳の時のお披露目会の頃から婚約者がいて、その余裕からなのか俺に同情しているのか、婚約者を放っておいてよく俺と遊んでいる。本当に贅沢な奴だ。婚約者を大事にしろと言いたい。でも、今その話はやめておく。
「色々大変な事もあったけど、まあ、いい所だったよ」
「大変って物価が高いとか、そう言うのか?」
「違う違う。事件に巻き込まれたんだよ」
「例えば?」
「そうだなあ」
俺は呟き、ムーンフラワー事変の話を最初に始めた。
◇◇◇
そう。あれは村に帰って来て直後の事だ。
村に帰って来た俺達は、送ってくれたサンビタリア殿下にお礼を言って、そのまま家に帰った。そして、俺達を家まで送り届けた騎士に変装した奴等が数分後に現れて、俺達を捕まえたんだ。
本当にあの時は焦ったね。殺されるのかと思ったよ。
それでその後は眠らされて気がついたら王都に戻って来ていた。あの酒場で人質にされたけど、まあ、意味なかったよな。だってさ、ミアって赤ん坊の頃から意味分からんくらい強い変人なんだよ。
「ふう。皆無事で何よりじゃ」
なんて言って助けに来てくれたミアは、見張りの奴等を全員あのよく分かんない銃でやっつけてた。俺や母さんと父さんは人質として盾にされそうにもなったけど、それも意味ないんだよな。気付いてたら俺達を盾にしようとした奴も白目を剥いてたし。
それから酒場を出ようとしたんだけど、店内は悲惨だったよ。そこ等中に死体が転がっててさ。思わず吐きそうになった。そして俺は思ったね。
ミア、絶対聖女じゃなくて死神だろ。
って。
そんな感じで俺がドン引きしてたら、ミアが全員生きてるとか言うから、よおく観察したら確かに生きてたよ。まあ、その後は直ぐにミアがどっかに行っちゃって、俺達は駆けつけた騎士に保護されたわけだ。
◇◇◇
そう言えば、あの事件がきっかけで、天翼会の人が何人かこの村に住むって聞いたな。確か秘密裏に動くから、俺や母さんと父さんにも誰か分からないようにするとか言ってた。心強いけど、常に見られてるかもしれないと思うと、なんか居心地悪いんだよなあ。まあ、深く考えないでおいた方が良いよな。
とにかくあの時の事を思い出し乍ら、ミアが聖女って事は隠さないとだから、そこ等辺はぼかして話してやったよ。ミアが助けに来たんじゃなくて、ネモフィラ王女の騎士が来てくれたってさ。
ミアはネモフィラ王女の近衛騎士らしいし、嘘は言ってないだろ? でも、そしたらさ。トマックの奴は楽しそうに聞いた後に、変な事を言いだす。
「そうか。それならミアちゃんは無事だったんだな。良かったぜ」
「は? なんでそこでミアが出て来るんだよ」
「あんな天使みたいな可愛い子にもし何かあったらって思うと、心配になるのは普通だろ」
「天使……?」
いやいや。死神の間違いだろ? 俺はそんな事を思い乍ら、トマックが婚約者では無く俺とよく遊んでいる理由が分かった気がした。
「はあ。ミアちゃんにまた会いたいなあ」
こいつ、婚約者がいるのにミアに惚れてる。一度痛い目を見て反省しやがれ。なんて呪いをかけ乍ら、俺は社交界の話を始めた。




