認識を阻害する能力
謎の聖女様コールが起きている中、実は陰の功労者が一人。それはブラキである。ブラキはミアと同じTS転生者であり、前世が女子高生だった少年なのだけど、今世では元々騎士として生活していた。いや。正確には騎士では無く騎士見習いか。
しかし、まあ、そんな事はどうでもいいだろう。
彼は騒動の中でミアの家族を護る為に、メイクーと共に会場の外へと脱出していた。そして、会場の外では直ぐに反逆者たちが会場を包囲し、異変に気付いた騎士と戦闘を始めた。のだけど、この時ブラキたちの許には、バーノ子爵を誑かした男が現れていたのだ。
そして、この男は他者の認識を誤魔化すと言う特殊な能力があった。何を隠そうこれこそが、騒ぎが起きるまで騎士に変装した反逆者を野放しにする事が出来た力であったわけなのだけど、この能力には二つ欠点があった。
一つは聖女の加護を受けた新人侍従三人組には効かない事。もう一つは精神と肉体が合わず不安定な者に効かない事。つまり、TS転生をした事で体と心が一致しない不安定な存在であるブラキには効果が無かったのだ。
勿論それはミアも一緒だが、ミアはそもそも騎士に興味が無いので気付かなかった。ブラキも新人の騎士なんてチェックしていない。しかし、それでもその能力を使って、ミアの家族に近づこうとした男には気がついた。
男にとってこれはとんだ誤算だっただろう。そんなTS転生者なる者がいるなんて想像もつかないのだから。だから、それを知らずに精神干渉をする能力を使いミアの家族に近づき、そのままブラキに怪しい奴として捕らえられた。
「何故だ! 何故俺の精神干渉が効かない! 俺が能力を意識的に解かない限り、延々と認識出来無い筈なのに!」
そう言って悔しそうにする男を見て、ブラキは成る程とメイクーが気がつかなかった理由に納得した。
因みにリベイアが騎士の顔が違う事に気がついたのは、男の能力を単純に受けていなかっただけ。男もまさか騎士でも無いただの貴族の少女が、騎士の顔を全員覚えているなんて思わなかったと言うだけの事だ。
それはさておき陰の功労者となった彼で彼女なブラキだけど、男の事をミアに報告に行った時に、その瞳に異様な光景を映し出した。
「どうかこの事はご内密にしてほしいのじゃああああ!」
壇上に登って土下座する哀れな聖女ミアの姿がそこにある。滅茶苦茶号泣しながら、何度も何度も床に額をドッカドッカと叩きつけ、又はグリグリと擦り付けているではないか。その様子に周囲がどよめき、動揺し、各所から「聖女様やめて下さい」と聞こえてくる。
「え? 何これ?」
いや。ホント何だこれ? な感じの状況だけど、そう呟いたブラキは優秀な侍従だ。ミアが聖女だとバレてしまい、こうして必死に土下座して内緒にしてほしいと頼んでいるのだと直ぐに理解した。
よく見れば、ミアの側では同じく駆けつけたであろうルニィが額を押さえていて、クリマーテが笑いを堪え、ヒルグラッセが冷や汗を流していて、新人侍従三人組は目を丸くして見守っていた。ネモフィラとサンビタリアとランタナは三人で土下座するミアを止めようとアワアワしているし、なんだかカオスな状況。
そして、ブラキは冷静にふと思う。
(土下座なんて初めて見たなあ)
と言うわけで、ミアが必死に渾身の土下座をしているけれど、土下座なんて文化は少なくともこの国にはない。それは隣国のブレゴンラスドでも同じ。
ミアの土下座を見守る周囲も同じで、それも含めて動揺していた。そもそも伝説の聖女が現れて首謀者を倒して消えた人々を救ってくれたのに、何故か号泣し乍らこの素晴らしい功績を黙っていてほしいなんて必死に頼んでいるので、それだけでも困惑するには十分だ。今この場でミアの行動にクエスチョンマークを頭に浮かべない者など、ミアの関係者以外にはいないだろう。
そしてこの時、陰の功労者たるブラキが更なる成果を上げる。その成果とは、認識を誤魔化す男の能力を使った大掛かりな認識阻害だ。
「ぬおおん! ラキいいい! お主はワシの救世主なのじゃああ!」
何処か別の国でも見たような光景……と言うのは一先ず置いておいて、つまりはそう言う事。男の死刑は免れない事だったが、今回の事件でミアの正体を知った者たちから聖女だと言う認識を誤魔化す事で、死刑を取りやめると約束したのだ。勿論これには国王ウルイの許可も必要だったけど、ミアの事を思って二つ返事で許可が下りた。
これによりミアと聖女が同一人物だと言う認識をぼかし、聖女が現れた事だけを人々の記憶に刻んだ。ミアとミアの家族を救ったブラキは文句無しの功労者となり、チェラズスフロウレスでも侯爵の爵位を授かった。
因みに、哀れなミアの渾身の土下座は人々の心に残り、参加者に迷惑をかけた事へのお詫びと言う認識に変わったのだけど、それは気にしなくても良い事だろう。聖女が現れたけど誰も顔を見ていないとされた。そしてこの事件は、首謀者をミアが倒し、消えた人々を聖女が救ったとして、人々の心に残ったのだった。




