聖女は王女に応えたい
「何もかも! ミアちゃんの大切なものも! ここにいる奴等も全部! 全部消えて無くなってしまえばいい!」
ルッキリューナが怒声を発し、短剣を投げ捨てて両手を左右にかざす。短剣は床に落ち、それと同時にルッキリューナの魔装から光線が左右に放たれた。
しかし、光線が左右にいた人々を呑み込むかと思ったが、そうはならない。何故ならば、寸での所でミアが腕にハメた腕輪の風の魔石の魔力を使って、強風を発生させて光では無く人々を吹き飛ばしたからだ。
「そんな!」
「防げぬなら移動させれば良いのじゃ」
「余計な事を! そんなに先に消えたいなら消してあげる!」
ルッキリューナがミアに向かって手をかざし、更には拳を作る。すると、光線が散弾銃のように放たれて、それは光の粒子となって最早光線とは呼べないものとなる。これが実弾であれば全身をハチの巣に変えるだろう範囲だ。
避ければ周囲に被害が及ぶと考えたミアは、流石にこれは避けられないと焦った。自身が操る“聖魔法”であれば防げるが、こんな場所で使ってしまえば目撃者多数で言い逃れなんて出来ない。でも、使わないと光の餌食になってしまう。こんな時でもそんな事を気にしたミアだけど、しかし、それ等の光はミアの許まで届かなかった。
「させません!」
不意に聞こえたのはネモフィラの声。同時にミアの周囲には声の主と同じネモフィラの名を持つ花びらが風に乗って飛び交い、それ等が光の粒子を全て遮断し受け止める。花びらはこの場から姿を消し、心地のいい風だけがミアの全身を包むようにしてこの場に残った。
「この魔法は……フィーラの春風魔法なのじゃ」
“春風魔法”。それは、風属性の魔法の中でも特殊な部類にある魔法だ。
同じ風属性の魔法を使う者の中でも使える者は稀で、少なくとも風の魔石で魔法を使うミアには絶対に使えない。更に言えば、使用条件の一つとして“花を愛する心”が必要なんて言う変わった珍しい魔法だった。
そして、今ネモフィラが使ったのは【ウィンドシールド“ペトゥル”】と言う名の魔法。護りたい対象者の全身を包むようにドーム状に舞う風の盾を張り、そこに春に咲く花を添えると言うもの。添える花は使用者次第で変更可能で、その花にも特殊な風のシールドが張られている為に見た目以上の硬度と防御力を誇っている。
「ごめんなさい。もう、大丈夫です!」
ネモフィラに視線を向ければ、目を真っ赤にして瞼を腫らし乍らも、自身の能力ラビットテイルを構えて立っていた。未だに溢れている涙を腕で拭い、足がおぼつかないのか、リベイアに体を支えて貰っている。そんなボロボロの姿になっていても、その瞳は真剣で、鼻をすすってミアに視線を向けていた。
「わたくしも泣いてばかりはいられません! そうですよね? ミア!」
サンビタリアが目の前から消され、泣き崩れてしまった。だけど、それでも、これ以上大切な人を失いたくない想いが、ミアを助けたいと言う願いが、ネモフィラを立ち上がらせたのだ。
「フィーラ……。うむ! よくぞ言うたのじゃ!」
「はい!」
(本当にのう。まだ幼いと言うのに、姉を目の前で消されても負けじと立ち向かう姿はとても立派なのじゃ。ワシも負けていられぬのじゃ)
例え王族であろうと、ネモフィラはまだ六歳の女の子だ。そんな幼い女の子が目の前で姉を消されてしまったと言うのに、こうして立ち上がった。それはリベイアの支えがあってのもの。だけど、そんなのは関係無い。
こんなにも幼い少女が悲しみを乗り越えて敵に立ち向かおうとしている。そんな姿を見せられては、ミアだって情けない姿を見せられない。
「いい気にならないでよ! 今のは粒子にした分だけ威力が落ちただけ! こっちならそんな風と花びらじゃ受け止めきれない!」
ルッキリューナが再び手をかざし、それをネモフィラに向け、光線が放たれる。しかし、最早それすら届かない。届けさせない。
「女は“覚悟”が大事なのじゃ」
ミアの背中から白金の光の翼が飛び出し、舞う。そして、光線よりも早い速度でネモフィラの前に出て、白金の光の壁で防ぎきった。
それは紛れも無い“聖女”の証。誰もが渇望し、待ち望んだ聖女の白金の光の恩恵。神々しく輝く天使の羽を思わせる翼は白金の色に光り輝き、ミアの姿をも神秘的な姿へと映し出す。
白金の光が会場内を照らし、騒がしかった会場内は静まりかえる。そして、誰もが振り向いた。敵も味方も関係無い。その姿を見る事だけに全力を注ぎ、そして、目が離せない。
「ワシのこの“聖魔法”で、もう二度とお主のその光を誰にも通らせはしないのじゃ」
その幼い見た目からは想像も出来無い程の毅然とした態度、そしてその心を奪われる程の美しさは、見紛う事無き“聖女”の姿だった。




