先入観を取り払おう
会場内でモーナが暴れ出し、一気に形勢が逆転したのが分かる。所々で聞こえていた悲鳴は治まっているし、会場内に取り残されている参加者たちも、さっきまでの焦りはなく徐々に冷静を取り戻している。
そして、この状況の変化にバラムが目を鋭くした。いや。正確には今し方ミアたちが話していた会話にだ。
「モーナだと……? 確か、あのマモンの仮名だった筈。……おい。ルッキリューナ。風向きが良くねえ。モーナって言えば、殺し屋業界でも手を出すなって言われてる危険人物だぞ」
「は? なんでそんなのがいるのよ?」
「知るかよ。てめえは元貴族だろ! ここにいるって事は、てめえの方が詳しいんじゃねえのか!」
「知るわけがないでしょう? そんな名前初めて聞いたわよ」
「くそっ。状況が変わった! 奴は人質を取っても知らん顔で攻撃をしてくる異常者だ。さっさとずらかるぞ」
何やら聞き捨てならない言葉が聞こえたけど、今はそれどころでは無い。ヒルグラッセとルーサはバラムたちを逃がすつもりはない。だから、それぞれの魔装を手に取り、二人同時に駆け出した。
「悪いけど、私はミアちゃんを捕まえなくちゃいけないの。あの子を私の物にする為にねえ」
「ちっ。だったら早くしろ。こっちはてめえの魔装頼りだからな。それまであの二人は俺が相手をしておいてやるよ」
バラムとしては我が儘に付き合うのは癪だけど、この場を逃げるにはルッキリューナの魔装の力が必要だった。バラムは自分自身で言っていた通り、自分よりも強いフラウロスを倒したミアに敵うとも思っていないし、逃げている途中でモーナに出くわしたら一巻の終わりだ。人を消し去る力を持つルッキリューナは逃亡の上でも要なのである。
だから、向かって来るヒルグラッセとルーサを迎え撃つ為に剣を構え、戦いに身を投じた。
「ミアちゃん。私ね、君に抱きしめられてから、君の事が忘れられないの。だから、私と一緒においで? たあっぷり可愛がってあげるから」
「まっぴらごめんなのじゃ。そもそも抱きしめた覚えなどないのじゃ」
「そんな事はないわ。あ。まさか、照れてるの? 照れちゃって可愛いんだから」
寮内での試合の事はミアも覚えているけど、あれは肩車を後ろからでは無く前からしたような体勢になっただけの話だ。決して抱きしめた覚えはない。しかし、ルッキリューナからしたら違うのだろう。そんな事は無いと話を聞かない。だから、ミアはそんなルッキリューナに嫌気がさし、ジト目で続ける。
「何を言っても無駄じゃのう。言っておくが、ワシはお主をここから逃がすつもりはないのじゃ」
「逃がす? やだわあ。私が本気を出したらミアちゃんもサンビタリアのように消えちゃうのよ? それは死ぬって事なの。命乞いをするのはミアちゃんの方なのよ」
「何が消えちゃうのよじゃ。お主の魔装、大脱装・絶と言ったのう? その進化の理由にワシがまだ気が付いていないと思っておるのじゃ?」
「え……?」
ミアがニヤリと笑みを見せ、ルッキリューナが思わず息を呑む。すると、ミアの側にいたジェンティーレが「そうか」と呟き言葉を続ける。
「彼女の魔装の進化の意味、その答えはバラムの魔装だったわけね」
「――っ!」
「うむ。奴の残留しておる魔力がルッキリューナの魔装と繋がっておる。恐らくじゃが、バラムの魔装の力は他者の魔装への干渉……強化なのじゃ」
「と言う事は、ルッキリューナの魔装の本質は変わらない。でも、それは消える事も同じく変わらないわ。彼女の魔装で消された物は二度と戻らない」
「のう? ジェティ。よう考えてもみい。消えたからと言って、死んだわけでも無くなったわけでもないかもしれぬのじゃ」
「死んだわけでも無くなったわけでも……ない?」
ジェンティーレが驚き、ミアが頷く。
「ミントが受けておる呪いの根源である身代わり人形は、果たして何処へ消えたのかのう? 消えても効果が残る意味はなんじゃ?」
「――っそうか! 私とした事が、とんだ思い違いをして、彼女の魔装の力を見たままでしか捉えていなかったと言うわけだ。我ながらそんな基本的な所で思い違いをしていたなんてね」
「先入観と言うやつじゃのう」
「ふっ。なら、その先入観を取り払って、魔装【知恵の楽園】の力で名誉挽回させてもらうわ」
ジェンティーレがニヤリと笑みを見せ、目の前に十一インチくらいの大きさのタブレットのようなものを出現させた。そして、懐から棒付きの飴を取り出して口に銜え、活き活きとした表情で魔装にタッチする。すると、触れた瞬間に魔装の表面に画面と呼べるものが映し出され、画面には幾つかのアイコンが出現する。
ジェンティーレがアイコンの一つをタッチすれば、今度はキーボードのような立体映像が底面から飛び出すように浮かび上がり、ノートパソコンを彷彿とさせる見た目となった。更にもう一つ別のアイコンをタッチすれば、今度は右上の側面からアンテナ付きのコードが飛び出し、そのアンテナにはカメラが備わっていてルッキリューナを捉える。
まるでノートパソコンのような形となった魔装は宙に浮かび、ジェンティーレはキーボードのような立体映像に両手を寄せて、ニヤリと笑みを浮かべた。
「さて、分析を始めようか」




