反撃開始
ボーツジェマルヤッガーが倒れて床に血溜まりが出来上がる。騎士団団長が敗北した事実は、それを見ていた周囲を恐怖で怯えさせるのには十分過ぎる出来事だった。混乱が増していく一方で会場内に逃げ場は無く、時間が経つにつれて犠牲者が増えていく。
しかし、そんな中でもミアは諦めたりはしなかった。そして、ミアの侍従であるクリアやムルムルもそれは同じだ。二人はまだ幼いながらも、故郷である魔人の国でミアと出会う前に命を脅かされるような修羅場を経験している。だから、こんな時でも、体の震えは見えるものの冷静だった。
「ミアお嬢様。万能ポーションを使って良いですか? 騎士団長様や他の方に使いたいです!」
「私も私もー! とりあえず助けれそうな人を助けに行きたいです!」
「うむ! じゃが、ボーツさんはワシに任せるのじゃ。近くにルッキリューナがおる以上はお主等では近づけぬ。それから、これも持って行くのじゃ!」
ミアは返事をし乍ら自分が持っている分を投げ渡し、クリアとムルムルはそれを受け取って、直ぐに別々に走り去りる。
ミアは直ぐにボーツジェマルヤッガーに狙いを定めて、万能ポーションに匹敵する回復力を持つ白金の光の弾丸を発砲。ルッキリューナもバラムも流石にそれには反応出来ず、その直後にボーツジェマルヤッガーの傷が回復した。と言っても、彼は未だに意識を失っているので、ルッキリューナとバラムは何をされたのか分かっていない。
二人は訝しみ、ボーツジェマルヤッガーを一瞥する。そして、バラムは何かを感じ取る。その結果、彼の側に立つルッキリューナでは無く、バラムがボーツジェマルヤッガーの止めを刺そうと駆け出し剣を振るった。
「させはしない!」
バラムが剣を振るった直後に、ヒルグラッセが振動の剣で受け止める。
しかし、この時、予想外の出来事が起こった。ヒルグラッセの魔装【振動の剣】はその名の通りの剣で、剣身がとんでもない速度で振動を起こしているものだ。その振動の速さは使い手であるヒルグラッセが意識的に変更出来るのだけど、どれだけ手加減しようと鉄すらも切断を可能とする。
だけど、今回の剣と剣のぶつかり合いではそれが起きなかった。否、剣と剣がぶつかったのではない。バラムの剣が振動の剣で切断されなかったのは、別の理由があった。
「風……っ!?」
「こいつのカラクリに気がついたか」
バラムの剣は薄い風の膜が貼られていて、その風が振動の剣の切断を阻止していた。
ヒルグラッセはその事に少し驚いたものの、しかし、役目は果たせている。直ぐに後方へと下がり、バラムとの距離をおく。そしてそこに、いつの間にかボーツジェマルヤッガーを担いだルーサが現れた。
「悪い遅れた」
「いや。助かった。ボーツジェマルヤッガー公爵は無事なの?」
「みたいだな。血がべっとりだけど傷口が無い。ミアが助けたってとこか」
二人の会話を聞き、バラムが眉を顰めた。それはルッキリューナも同じで、傷口が無くなっているボーツジェマルヤッガーを見た後に何かに気がつき、周囲を見回し始めた。バラムもルッキリューナの様子に気がつくと、何かあったのか周囲を警戒し始める。
すると、その隙にとヒルグラッセとルーサが気絶しているボーツジェマルヤッガーを連れて、ミアの側まで移動した。
「流石にミアは無事みたいだな。それより、さっきクリアがこっちから走って行くのを見たぞ」
「被害者にポーションを使ってもらう事にしたのじゃ」
「ああ、あの凄い利き目の良い薬か。っと、そうだ。侍女長が王様と王妃様とランタナ様を避難させてる。一応そこにクリマーテとカナとチコリーとルティアもいるぜ。んで、モーナが暴れてる騎士は全員殺して良いんだろ? って言って暴れ出した」
「こういう時にモーナは頼もしいのう」
ルッキリューナとバラムが周囲を気にしだした理由。それはモーナだった。
ルーサが説明した通り、今この会場内では天翼会裏会員であるモーナが暴れ出している。その強さはとんでもないもので、会場内で暴れていたルッキリューナやバラムの仲間では間違いなく歯が立たない相手だろう。
実際に会場内に響く悲鳴の声は、いつの間にか悪人共の断末魔に切り替わっていっている。それに、その断末魔の周囲からは歓声すらも聞こえ始めていた。
「あーっはっはっはっはっ! 最強な私に敵うとでも思ったか!」
ミアの耳にそんな調子に乗った声が届いて聞こえたのは、その直後の事だった。




