国王の提案
ミアがこっそり隠れて魔法を使い、サンビタリアを“聖女の代弁者”として発表する。しかし、その提案はサンビタリア本人から拒絶され、ミアはガッカリと肩を落とした。
ミアとしては仲良しのサンビタリアを助けたいと思い考えて“覚悟”した事だけど、よくよく考えれば大きなお世話だ。肩を落としてその考えが直ぐに頭に浮かび、仕方が無いと諦める。しかし、諦めるのも束の間の事だ。ミアの提案にウルイが便乗する。
「サンビタリア。聖……ミア様の仰る通りにしなさい」
ウルイが真剣な面持ちで話し、サンビタリアは思わず「はあ?」と父に対して睨みつける。そして、その真剣な面持ちの目と目が合うと、少し苛立った様子を見せた。
「お父様。それは本気で言っているのかしら? 本当は代弁者でも何でもない私に、保身の為に道化になれと?」
サンビタリアの立場であれば、実際に保身だと思っても仕方の無い事だろう。それを良しとするかしないかは人にもよる所だろうけど、少なくともサンビタリアにとってそれは全くもって不愉快極まりない事だった。
自分の保身の為にミアを利用して評価を得る。そう言う風に感じたからだ。
小さい頃から努力を惜しまず頑張ってきたサンビタリアにとって、それは屈辱であり、そして目を覚まさせてくれた恩人であるミアへの侮辱。都合のいい時だけ利用するなんてもっての外で、絶対に許されない事だった。
しかし、ウルイの考えはそうでは無い。ウルイは静かに首を横に振るい、そして、サンビタリアと合わせた目を外さずに続ける。
「そうでは無い」
「じゃあ、なんだって言うのよ?」
サンビタリアの嫌悪を含む目が細まり苛立ちを表す。しかし、ウルイは至って冷静だ。静かにその瞳をサンビタリアに向け、質問に答える。
「社交界の投票結果でお前が王太子に決定した時に、“聖女様の代弁者”にして頂けば良い」
「……つまり、それはネモフィラも同じと言う事?」
ウルイの考えを知り、サンビタリアの細くなった目は徐々に開いていく。睨んでいた目は通常に戻り、しかし、訝しんでいる。
ウルイはと言うと相変わらず静かにサンビタリアを見つめていて、先程のように質問に答えるだけだ。
「勿論そのつもりだ。そうする事で誰もが納得する事になる」
「それは……納得もするでしょうけど…………」
確かに民は納得するだろう。しかし、サンビタリア個人は納得が出来ない。それをサンビタリアの表情から読み取ったのか、ウルイは一度深く息を吐き出して、真剣な面持ちで話し始めた。
「お前達の世代は争いが多すぎる。どんな結果になろうとも、私には新たな争いの火種になるとしか思えない」
ウルイの懸念と言うべきものだろう。確かに彼の言う通り、サンビタリアやネモフィラたちの代での争いは多かった。
チェラズスフロウレスが平和な国と言われているのは、勿論争いが少ないからこそでもあるのだけど、それもここ最近では怪しい。この一年で幾つもの大きな事件が起きたけれど、この国ではとても珍しい事でそれは異常だった。だからこそ、ウルイは懸念し子供等の将来を憂いているのだ。
「しかし、それは王である私の責任でもあるから申し訳ないとも思っている。だが、それを今話していても仕方の無い事だ。問題はこれからどうするかだ」
そう言葉を続けて話すと、ウルイは真剣な面持ちを今度はミアに向けた。ミアもその表情に少し緊張して、何となく姿勢を正す。すると、ウルイは少し微笑んでから、また真剣な面持ちになってサンビタリアへと視線を戻した。
「お前が納得出来ないのも重々承知の上だ。今は感情を捨てて、何が国の為になるかを考えるのだ」
「…………」
「もしミア様が我々の為に魔法を使い後押しをしてくれると言うのであれば、情けない事だがそれをありがたく受け入れ、民の信頼を得るべきだ。但し、ミア様が納得されるのであればの話ではあるが……」
ウルイがミアに再び視線を向け、それに続けてサンビタリアも視線を向ける。
ミアとしてはネモフィラを代弁者にする予定は無かったし、まさかの提案に少し驚いてしまったし、緊張が治まらなかった。でも、ウルイの提案を拒む理由もないし、何よりもミアには誰が王太子に選ばれるのか確信めいたものを感じている。だから、胸を張って答える事にした。
「任せるのじゃ。王位を継承する王太子になった方を、ワシが“聖女の代弁者”にするのじゃ」
その後、緊急家族会議と称してネモフィラや他の家族を呼び出し、この件を伝えた。
◇◇◇
緊急家族会議が終わり、その後の食事も終わる。体も綺麗に洗ったし、後は寝るだけとなった頃に、ミアは寝室に家族を呼んで談笑していた。
今は侍従たちも順番に休憩していて、各々食事をしたり体を清めたり等をして過ごしている。今この部屋にいるのはルニィとクリマーテとヒルグラッセのベテラン三人だけで、それが逆に緊張させる要因になっているのか、兄のエンドが緊張した面持ちでガチガチに固まってしまっていた。
そんな兄の様子は完全に無視して、ミアは明日のパーティーでのお願い事を始めた。
「実は母上と父上と兄上にお願いがあるのじゃ」
と。




