姉を心配する王女様
ムーンフラワー事変から数日が過ぎた王位継承権を決めるパーティーの前日。家族と一緒に朝食を終えたミアは、ネモフィラと二人で明日着るドレスを選んでいた。
ミアの家族は未だにお城に滞在して明日のパーティーの後に帰る事になっていて、今は城下町を観光しに出かけている。滞在している理由は、また襲われるかもしれないからと言う保健。だから、ブラキや新人侍従の三人が同行中だ。
ミアも一緒にと思っていたけど、今日はミントやリベイアとお茶会の約束があったので断念した。そうしてドレス選びを始めたのだけど、ネモフィラが何処となく暗い雰囲気で、ミアはそれを不思議に思い話しかけた。
「フィーラ。どうしたのじゃ? 元気が無いのじゃ」
「ちょっと考え事をしていました」
「考え事なのじゃ?」
「はい……」
ネモフィラは頷くと俯き、益々元気が無くなってしまう。その様子にメイクーたちネモフィラの侍従が心配そうに眉尻を下げた。しかし、一人……いや。二人程そうで無い者もいる。
「なあ? オレが帰省してる間に何があったんだよ?」
「知らん」
そうで無い者。それはルーサとモーナである。
実は、ルーサは自分が天翼学園の生徒として通っている事を完全に忘れていた。その結果、無断欠席と言う問題が起きていたのだ。親はまさかそんな事になっているとは思わず、ルーサが一度帰省した時にその事を何も言わなかった。しかし、ルーサが無断欠席していた事がチェラズスフロウレスに戻った後に発覚。ルーサの親は激怒し、再びルーサが帰省する事になる。そして、“ムーンフラワー事変”がルーサ不在の間に起こり、結果としてルーサには何があったのか言伝でしか聞いていなかった。だから、自分がいない間に何か起きたのかと思い、こうして小声で隣に立つ同胞の騎士のモーナに確認したわけだ。
しかし、相手はモーナだ。ネモフィラの側で見ていたのにも関わらず、それとこれとが関係あるのかないのか分からない。と言うか、興味が無いので知らんと即答。ルーサはそんなモーナに文句の一つでも言いたそうな視線を向けたけど、あまり私語が多いのも後々ルニィに説教されるので大人しく黙った。
「ワシで良ければ相談に乗るのじゃ」
「ミア……」
ミアが優しい声で話すと、ネモフィラは控えめだけど嬉しそうに笑みを見せ、ゆっくりと話し始める。
「先日の事件がきっかけで、またしてもお姉様への非難の声が多くなってきています。あの事件にお姉様は関係ありませんのに、事件の首謀者であるケレニーがお姉様の派閥だと言うだけで、お姉様への批判が再熱しているのです」
ネモフィラが悩んでいたのは、サンビタリアの事だった。あの事件……“ムーンフラワー事変”は貴族だけでなく平民たちの中でも大きな影響を与えていた。サンビタリアが謝罪活動をしていたが意味の無いものだったように、声を大きくして非難の声を浴びせる者は少なくなかったのだ。
そして、噂はありもしない妄言を生み出していく。実はサンビタリア本人が裏で手を引いていて、大事にして処分したのではないか? と。勿論そんなものは事実無根な妄言や戯言の類なので、信じる者は少数しかいない。しかし、少数でもいるのが事実だ。サンビタリアへの不信感が募っている。
昔は確かに酷かったけど、今のサンビタリアは真っ当に生きて日々を頑張っている。だからこそ、ネモフィラはとても悔しかったのだ。
そんなネモフィラの様子に、ミアは微笑んで「フィーラはどうしたいのじゃ?」と話を促す。ミアの言葉にネモフィラは考えて、そして、真剣な面持ちで答える。
「わたくしは、わたくしはサンビタリアお姉様を皆さんに認めてもらいたいです」
「それはフィーラが王太子……王位継承権を引き継ぐのが嫌だからなのじゃ?」
性格の悪い少し意地悪な質問。ミアはそう思いながらも大事な事だと思って尋ねた。すると、ネモフィラは首を横に振り、微笑んだ。
「違います。わたくしがもし引き継ぐ事になってしまったとしても、今の気持ちは変わりません。だって、わたくしはサンビタリアお姉様が大好きなのですから」
「……うむ。そう言う事ならワシも手を貸すのじゃ」
曇りの無い笑顔で姉の事を「大好き」と言ったネモフィラに、ミアは少し驚いて、再び微笑んで答えた。その笑顔には嫌がらせを受けていたとは思えない程な純粋さがあり、ミアにはそれがとても居心地の良さを感じた。
普通であれば、嫌がらせをしていた相手の事をこんな笑顔で「大好き」だなんて想う事なんて出来ないだろう。人によっては、ネモフィラの事を馬鹿だと罵倒し、呆れてしまうかもしれない。
でも、ミアはそんな風には思わなかった。そして、こんなにも優しいネモフィラの為に、ミアは“覚悟”を決めた。




