早すぎた祝勝会
まだ朝の早い時間。居酒屋ムーンフラワーは賑わっていた。テーブル席は全て埋まっていて、カウンター席には帽子を深く被った男が一人。男はワイングラスを傾けて、勝ち誇るような笑みを浮かべてワインを飲む。彼の名前はロノウェ。コリンの弟と偽っていた今回の首謀者の内の一人だ。
「今日で俺も貴族の一員か。平民から金を巻き上げて、一生遊んで暮らせるぜ」
キザったらしくロノウェが呟くと、店主がカウンター越しから追加のワインを目の前に置く。
「これは私からの祝杯です」
「ありがとう。マスター。俺が貴族になった暁には、ムーンフラワーを貴族御用達の店として宣伝してやるよ」
「ありがとうございます」
「ははは。礼なんていらねえぜ」
ここに集まって酒を飲んでいるのは、今回の計画に関わっている仲間たちだった。彼等はロノウェと同じで計画が上手く順調に進んでいると勘違いしていて、ケレニーが捕まった事もコリンが失敗して逃亡した事も知らない。早すぎる祝杯を上げて、まだ終わっても無いどころか失敗した計画の祝勝会の最中だった。
「さてと、コリンとケレニー様はそろそろか? ヤハズをハメてやった後に合流して、九時頃にガキ二人を連れてここに来るって話だが……」
ロノウェは店内の時計を見る。時刻は午前八時四十八分。約束の時間まで約十分程だ。
「マスター。奥にいる奴等の準備が出来てるか確認して来るぜ」
「はい。しかし、彼等も災難ですなあ。頭の悪い娘を持ち、そのせいで殺されるのですから」
「違いねえが、子育てを失敗したあの夫婦が悪い。災難だって言うなら兄貴だろうさ。生まれて来る家を間違えたってな」
ロノウェはワインを飲みほして席を立つ。すると、その直後に店の扉を開けて男が現れて、ドタドタと大きな足音を立ててロノウェの目の前にやって来た。
「ロノウェ! てめえ! どうしてくれんだ!? てめえのせいで俺の弟分三人が借金する事になったって泣きついて来たぞ!」
「ちっ。うるせえなあ。あの三馬鹿トリオが貴族のガキを平民と勘違いして、勝手に自爆しただけじゃねえか。俺のせいじゃない」
「ふざけんな! 誰のおかげでこの業界に入れたと思ってやがる!」
「ははははは。そりゃあアンタのおかげさ。感謝もしてる。だが、それとこれは話が別。関係の無い話だろ? それに、アンタだって分かってんだろ? 今の俺は計画の要だ。ケレニー様は俺とコリンキーを気に入ってくれている。俺に手をあげてただで済むと思ってんのかい?」
「っ! くそ!」
男はロノウェに掴みかかろうとしたけど、ロノウェの言葉でその手を引っ込めた。そして、ロノウェを睨みつけ乍ら、ニヤリと笑みを浮かべた。
「まあ、せいぜい今の内だけ調子に乗る事だな。俺は計画を降りる事にした。さっさとこの町から出て国に帰るさ。後はてめえ等で勝手にやってろ」
「はっ。負け惜しみか? 哀れな奴だぜ。俺に媚を売る事も出来ない腰抜けさんかよ」
「哀れなのはてめえだ。てめえも近い内に後悔するだろうさ。じゃあな」
男は逃げるように店を出て行き、ロノウェは男の態度を訝しむ。そして、嫌な予感を感じ取り、様子を見ていたテーブル席に座る部下と目を合わせた。
「おい。今直ぐコリンキーとケレニー様を迎えに行って来い」
「あ、ああ」
部下は立ち上がると店を出て行き、ロノウェはそれを見送ると店の奥へと歩き出した。
「あの野郎のあの様子……何か起きたのか? どうする? 裏口から出てあの野郎を追うか……?」
ロノウェがブツブツと独り言をし乍ら歩いていたその時だ。店の入口の方から扉を破壊するような大きな音が聞こえてきて、ロノウェは目を見開いて振り向いた。
しかし、ここからでは店の様子が分からず、何が起きたか分からない。でも、状況は直ぐに分かった。店内は騒がしくなり、仲間たちの悲鳴が聞こえたからだ。
「ふざけんじゃねえぞ。あの野郎の態度から考えて、計画が失敗したって事か? ちくしょう。こんな所で捕まってたまるかよ!」




