呆気ない幕切れ
応接室に入って来たケレニーと、その背後には護衛の男が二人。男はどちらも天翼学園の卒業生で、サンビタリアもよく知る人物だ。二人とも勉強は平均以上だったけど、実力は平均以下だったのを覚えている。彼等が相手であれば実力行使をされても返り討ちに出来るだろう。と、サンビタリアが考えていると、ケレニーがサンビタリアに一礼した。
「ごきげんよう。サンビタリア様。何かあったのですか?」
「貴女が貸したお金の取り立て方法が会社の規則に背いた方法だった。その理由を聞かせて頂戴?」
「この会社の人間が勝手にやった事です」
「と言ってるけど?」
「とんでもない。ヤハズ雑貨店の件は全てケレニー様に一任しています」
「そうだったかしら? それよりも、サンビタリア様は何故その様な平民の事で態々こんな所に来られたのですか?」
「ついでよ。私は貴女に用事があって来たの」
「私に……?」
「ええ。ヤハズの話はネモフィラの用件なの」
サンビタリアがネモフィラに視線を向けると、ネモフィラが「はい」と頷く。すると、ケレニーがあからさまに嫌な顔をした。
「わたくしは行方不明のロノウェを捜しています。見つけ出して、コリンとヤハズを安心させてあげたいのです」
ケレニーが面倒臭そうに責任者に視線を移し、責任者はニッコリと笑みを見せ「存じません」とだけ答える。が、これで引き下がるわけにもいかない。そもそもネモフィラは既にサンビタリアから色々聞いて、ロノウェがここの関係者だと知っているのだ。と言っても、最初はコリンの弟のフリをしていた浮気相手の男とロノウェが同一人物だとサンビタリアも知らなくて、ネモフィラと話し合ったからこそ分かった事。ロノウェは帽子を深く被る事で顔を隠して変装をしているので、そこ等辺は上手く誤魔化していたようだ。
ネモフィラはあくまで何も知らないフリをして、相手の油断を誘っているのである。そしてこれは、サンビタリアが考えた作戦だった。
「では、念の為に建物内を調べる事をお許し下さい」
「は? お、お待ち下さい。それは出来ない相談です」
「何を勘違いしているの? これは命令よ。自分の立場を理解している? 私達は王族よ」
「サンビタリア様。それはあんまりではございませんか。私の知っているサンビタリア様は権力を振りかざして命令するようなお方ではありませんでした」
「あら? ミアと出会う前の私はこんな感じだったのだけど、気のせいだったかしら?」
サンビタリアが可笑しそうに笑みを浮かべる。すると、ケレニーは目を見開いて驚き、直後に怒る。
「サンビタリア様はミアに会って変わられました! あの常識知らずの小娘に騙されているのです! 早くお目覚め下さい!」
「寧ろ目が覚めたのだけど?」
「今のサンビタリア様の目は曇っています! でも、安心して下さい! 私がきっとその目を覚ましてみせます!」
「何を言っているの?」
サンビタリアが訝しみ顔を歪めると、ケレニーが不気味な笑みを浮かべて一礼する。
「小娘の護衛を私の配下に加えました。今日中に小娘を地獄に落とします。チェラズスフロウレスの平和を取り戻した次は、サンビタリア様の大事な弟君であるアンスリウム様を連れ戻します。成功した暁には、アンスリウム様こそ王として相応しいのだと、陛下もお認めになられる事でしょう。そうすればサンビタリア様も安心して魔宝帝国のトパーズ様の許に嫁ぐ事が出来ますし、全員が幸せになれるのです」
ケレニーの言葉に誰もが言葉を失った。その通りだと賛同して感動したから……なんて事では無い。ケレニーの護衛以外は誰もが呆れていて、責任者すら呆れてしまっていたのだ。しかし、それもその筈だろう。アンスリウムが一時的に王になっていた時期に、この会社も勿論悲惨な重圧を受けていたのだから。
アンスリウムの法では騎士と貴族だけが守られていて、平民が経営しているここは護られていなかった。それどころか、報酬である筈の利子の一部まで貴族に持っていかれて、大赤字に陥っていたのだ。
責任者はアンスリウムをまた王にしたいと考えていたとは知らなかったようで、冗談じゃないと震え上がった。するとそこで、サンビタリアが大きなため息を吐き出し、言葉を続ける。
「馬鹿なんじゃないの? 誰もそんな事は望んでないわよ」
「サンビタリア様……?」
「ねえ? 責任者さん。貴方が今回の事で知っている事を話してくれたら、多少は罪を軽くしてあげても良いのだけど、どうする?」
「あの男を王になど出来ません。全てお話致します」
「っ! 平民風情がアンスリウム様に向かって! 口を慎め裏切り者! お前達、こいつを殺れ!」
ケレニーが激昂して叫び、直後に護衛の男二人が責任者に襲いかかる。しかし、なんて事は無い。男達は直ぐにメイクーとモーナに押さえ付けられて、身動きを封じられる。そして、それと同時にベネドガディグトルが辛そうな表情をして、ケレニーを取り押さえた。
「こんな事になって残念だわ。ケレニー」
サンビタリアは父親に拘束されたケレニーを見て、悲しむように表情を曇らせる。結局、ケレニーが暴走した事で、調べるまでもなく事態は収束に向かったのだった。




