動き出した策略
突然目の前に現れたケレニーと、その護衛が二人。チコリーは身動きを封じられて猿轡を噛まされると、抵抗しようと暴れた。だけど、ケレニーの護衛は大の男が二人で、一人を相手にするだけでも単純な力では敵わない。それなのに二人がかりで押さえ付けられてしまい、抵抗するも身動きを封じられてしまった。
「んんーっ!」
「あらあら。随分と乱暴な女ねえ。この見た目で成人を迎えた女なのでしょう? 見た目通りの無法者と言うわけね」
「申し訳ございません。何分頭の悪い元亭主が育てた子なので、こんな見た目なのも、きっとあの男が趣味の悪い男と寝かせる為でしょう。今頃何をしているか知らないけど、本当に気持ちの悪い男です」
コリンは自分の元夫が娘のチコリーに殺された事を知らないのだろう。元夫とチコリーを重ねるように冷ややかな視線を送った。チコリーはコリンと目がかち合うと、色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、涙が溢れ出てきた。
小さい頃は大好きだった母親。父親との辛い生活でも、いつか母が自分を迎えに来てくれると信じていた。でも、結局迎えには来てくれず、父親から虐待を受ける毎日を過ごした。それでも頑張れたのは、優しかった母の姿を思い浮かべる事が出来たから。
チコリーが父親を殺したのは、悲惨な毎日に耐えきれなくなったからだ。でも、あと一つ、誰にも言えない理由があった。それは、父親がいなくなれば、母親が帰って来てくれるかもしれないと言う望み。
こんな父親だからお母さんは出て行った。
だから、こいつが死んだら私を迎えに来てくれるかな?
喜んでくれるかな?
チコリーはいつもそう考えていた。それが自分のただの妄想と憶測だという事に気がついたのは、父親を殺して捕まり、犯罪者として奴隷になった時だった。後悔する事は無かったけれど、でも、チコリーは希望を無くした。何も望まず、感情は死に、ただ生きるだけ。そんなチコリーに再び感情を与えたのはミアだった。
ミアがチコリーと出会った時、ミアは奴隷になった経緯をチコリーに聞くと、チコリーは感情を出す事無くまるで他人事のように淡々と答えた。すると、ミアがチコリーに言った言葉が滅茶苦茶だった。
「おお。お主、弓が使えるのじゃ? 良いのう、弓。決めたのじゃ。お主は見た目も可愛いし、目の保養にもなるのじゃ。だから、ワシの護衛騎士にならぬか?」
何言ってんだこいつ? って感じの言葉だけど、チコリーにとってその言葉は何よりも心を動かされた。今まで自分の話を聞いて色んな者を見てきた。同情する者。共感する者。殺す事は無かった間違っていると諭そうとする者。体にだけ興味を持ったけどデメリットが高いと判断して逃げる者。その他にも色々といたけど、今までの話を全部放り投げて、父親を殺した時に弓を用いた所だけをピックアップした相手は他にいなかった。しかも、その後に続いたのは“目の保養”と言う女児とは思えない言葉で、その言葉にはいやらしい感情が一つも無い。
寧ろミアの目から感じたのは、そんな言葉とは真逆の、まるで親が子を見守るような温かい目だった。母親が逃げて以来感じた事が無かった目。その目にチコリーは思わず泣きそうになり、グッと堪えた。言葉は全然そんな事を感じさせないのに、そんな温かい目で自分を見るミアに、チコリーは口角を上げて笑みを浮かべた。そして、感情を取り戻して、いつかお母さんを見返せるような立派な護衛騎士になると決めたのだ。
一度は感情を失ったチコリーだったから、その顔はいつも不貞腐れていたけれど、それは今までの経緯を考えれば仕方が無い事なのかもしれない。でも、間違いなくチコリーは前を向いて進もうとしていた。そして、ミアに感謝をしていたのは言うまでもなかった。ミアのおかげで目標も出来た。いつか会うかもしれない母親に、立派になった自分を見て貰おうと頑張ったのだ。しかし、今チコリーの目に映るのは、目を背け耳を塞ぎたくなるような現実だった。
「どうして男ってこうもクズなのかしら? やっぱりアンスリウム様だけが、理想の殿方だとは思わない?」
「はい。仰る通りでございます。アンスリウム様は私の様な平民にも優しく生きる術を教えて下さいました。おかげで今の旦那を騙して金蔓として機能させています」
「でも、借金取りを使った計画は失敗に終わったって聞いたわよ?」
「あれはあの借金取りが馬鹿な連中だったと言うだけです。それに、まさかこんなにも早い段階でミアが出て来るとは思いませんでした。それに、目当てのポーションを一緒に駄目にしてしまうなんて。無能を雇ってしまいました」
「貴女も災難ねえ。コリンキー。でも、今回は上手くいきそうなんでしょう?」
「ええ。勿論です。チコリーを使ってあの子供を陥れて、名誉だって手に入ります。そうすれば、きっとサンビタリア様も目を覚まされて、アンスリウム様もこの国にお戻りになる事でしょう」
「ふふふ。期待してるわよ。コリンキー。その為に私もお父様に内緒でスパイを忍ばせて、あの村に同行させたのだから」
「はい。必ずやあの子供の家族を使い、ケレニー様へ幸福をお届けいたします。全てはサンビタリア様、そしてアンスリウム様の為に」
(ミアお嬢様の家族……っ!? ミアお嬢様にこの事を伝えな――っ!)
優しかったあの頃の母はもういない。それどころか、自分を救ってくれたミアを陥れようとしている。しかも、話の内容から考えると、ミアの家族も巻き込んでいる可能性が高い。絶対に止めなければならない。でも、今のチコリーにはどうする事も出来なかった。
ケレニーとコリンが不気味に笑みを浮かべ合い、チコリーは腹を殴られ気絶してしまった。




