不穏な悩みを抱える騎士団長(2)
「そう。ケレニーはアンスリウムを随分と慕っていたし、やっぱりそれがきっかけだったのね」
「仰る通りです。アンスリウム元殿下が王位継承権を剥奪されてから、ケレニーは人が変わったと妻も言っていました」
ボーツジェマルヤッガーの口から語られたケレニーの話は、サンビタリアにとって決して無視出来無い話だった。そしてそれは罰として王位継承権を剥奪されて、ブレゴンラスドに行ったアンスリウムも少なからず関わっている。アンスリウムの一件は既に終わっている事だけど、いなければいないで次々に厄介ごとを招き入れる弟に、サンビタリアはため息を吐き出さずにはいられなかった。
「今のところは嫌っているだけで、怪しい動きは見せないのよね?」
「妻にも確認をとりましたが、ミア様はサンビタリア殿下と親しい仲なので、流石に手を出そうとはしていないようです」
「そう。それなら一先ずは良かったわ。でも……」
ボーツジェマルヤッガーの話はこうだ。
アンスリウムがブレゴンラスドに引き取られたのを知ったケレニーは、血眼になってその原因を調べた。しかし、当時のアンスリウムは父である国王に叛き、国を略奪しようと企てたのだ。調べるまでもない理由がそこにある。だが、ケレニーは余程の愚か者なのだろう。そうは思わなかった。そんな事でここまでの事をする筈が無いと疑わず、絶対に他に何か理由があると考えたのだ。
そして、彼女はミアが事件に関わっている事を知った。ミアが聖女である事までは調べられなかったけど、アンスリウムを捕まえたのがミアだと知ったのだ。
ケレニーはミアが姑息な手段でアンスリウムを罠にハメて陥れ、邪魔者だと他国に売りとばしたと考えた。その考えに至ったのは奴隷を買って帰って来たのが決定打となり、丁度その頃に帰って来た父ボーツジェマルヤッガーに怒鳴り散らした。
ボーツジェマルヤッガーは脱衣事件後から様子がおかしくなっていた娘が悪化してしまった事に、頭を抱えたようだ。ミアの正体を言うわけにもいかないし、どう説得すればいいのかも分からない。死刑を受ける筈だったアンスリウムの命を救ったのがミアなのだと説明したくても、それを説明する為にはミアの正体を言わなければならない。あれ程の事件を起こしたのだ。死刑は当然。考えれば分かる事だけど、普通はその判断を覆す事なんて出来ない。あれはミアが“聖女”だからこそ出来た事なのだ。
そうして説明も出来ずに今日までズルズルと引きずってしまっている。ミアへの嫌悪感はケレニーの中でどんどんと膨れ上がっていて、親では手が付けられない状況。今はまだ何か危害を加えようとはしていないようだけど、それも時間の問題なのではと、ボーツジェマルヤッガーは悩んでいた。
サンビタリアは少しだけ考える素振りを見せると、それ等を踏まえて考えを述べる。
「出来るだけ早めに対処しておきたいわね。ミアの事を話すのは今まで通り禁止として、他に何かいい手が無いか私も考えておくわ。それから悪いのだけど、暫らくの間は監視を付けるわ」
「そうしてやって下さい。私も覚悟は出来ています。もしもの事があれば、親として娘共々責任をとります」
「ええ。でも、何も起きない事を願うわ」
サンビタリアがそう言って微笑むと、ボーツジェマルヤッガーは深々と頭を下げた。しかし、話は終わらない。ここでツェーデンがまた一つ爆弾を投下したのだ。
「サンビタリア様。私からも一つご報告が」
「あら? どうしたの?」
「実は、ケレニー様の件で気になる事がございます」
「っ! 娘が既に何かしたのか!?」
ツェーデンの口から気になる事がと話されて、ボーツジェマルヤッガーが顔面蒼白で顔を上げた。これ以上何があるのだと頭を抱え、その様子にサンビタリアが同情し乍らも、ツェーデンに「続けて」と話を促した。
「彼女は数か月も前からサンビタリア様の謝罪活動に不満を抱いていて、何度か抗議を行っています。同じ女として見過ごせないと」
「ああ。その事ね。それなら私も知っているわよ。直接やめてほしいって言われた事があるわ」
「そんな事まで……。度々娘が申し訳ございません」
「貴方が謝る必要もないし、気にしなくて良いわよ。それに私の事を思っての行動だもの。それを否定するつもりも無いわ。でも、今更その話を出した事は気になるわね。何かあったの?」
「はい。ケレニー様はミア様が国を乗っ取る計画を企てていると考えているようで、謝罪活動は計画の一部と判断している様です」
「馬鹿馬鹿しいわね」
「しかし、問題はここからです。陰謀を企てていると考えたケレニー様は、長い月日をかけて仲間を集めていました。現時点で分かっている人数も千人を超えています。ミア様が学園に入られる前に何か仕掛けてくると考えた方がよろしいかと」
「面倒な事になってるわね。それにしても、よく調べられたわね」
「私の知り合いにも声がかかり、それを聞いて暫らくの間は内通者として調べさせているのです」
「でかしたわ」
ツェーデンを褒めると、サンビタリアは内通者にはもう少しの間頑張ってもらうと判断した。それから少し話をして、一先ずは警戒をしつつ様子見となる。と言っても、どちらにしても城に帰らなければ何も出来ないので、本格的に行動するのは城に帰ってからだ。
(帰ったらミアには伝えた方が良いわね)




