聖女の誕生日(6)
ミアがネモフィラを連れて家族と改めて再会すると、直ぐに食事に向かう事になる。場所はミアお勧めのお店で、ファミレスのようなお店だ。ミアがお城を抜け出した時に何度も足を運んでいたお店で、ここでもミアはお店の人と仲良しだった。
「あら。ミアちゃん。今日は随分と大人数ねえ」
「うむ。友達と家族なのじゃ」
お店に入ると優しく微笑むお婆さんに迎え入れられ、ミアたちは席に案内された。
ここでも立場やらなんやらを隠しているので、ネモフィラや侍従たちに関係がバレないようにしてほしいと頼んでいる。と言っても、今回連れて来た侍従はルニィとヒルグラッセだけ。ネモフィラの侍従もルティアとメイクーだけなので、全員がいつもの事なので慣れている。ミアのお願いをいつも通りに了承して、全員が同じ席に着いた。
それをミアの家族たちは不思議な気持ちで眺め乍ら、言われるままに同席する。そして、母カサリーノは少し心配そうな顔をして、隣に座ったミアに顔を近づけてこそこそと話し出した。
「ねえ。こう言うのって、問題にはならないの?」
「何がじゃ?」
「何がじゃじゃないでしょう? 貴女は良いかもしれないけど、王女様と侍従を同じ席は流石に不味いんじゃない?」
「いつもの事なのじゃ」
「いつも……。なんと言うか、王女様ってとても寛大な方なのね」
「うむ。フィーラは優しいお姫様なのじゃ」
ミアがニコニコと頷き、カサリーノはそれを見て安心して笑みを浮かべる。
丁度一年前に娘がお披露目会を迎え、そして、その時に“聖女”だと分かり城に引き取られた。とても誇らしい事だとは思っていたけど、心配じゃないと言えば嘘になる。あの時はドタバタしていたし、殆どゆっくり考える時間も無かった。喜んで送り出したのに、娘がいなくなれば急に淋しさと後悔が押し寄せて、胸にぽっかりと穴が開いたように感じた。だからこそ、心の広い王女様が側にいてミアが元気でいてくれた事が、母親であるカサリーノにはとても嬉しかったのだ。
自然と笑みが零れてミアの頭を優しく撫でる。娘の頭に久しぶりに触れると、なんだか愛おしさが溢れるのを感じて、思わず抱きしめたくなった。でも、ここには家族以外の者たちがいるので、それをグッと堪える。
そんなカサリーノの気持ちも知らずに、ミアはメニューを開いて何を食べようか選び始めた。
「ここのお勧めはトントンタケノコの厚切りステーキなのじゃ」
トントンタケノコはタケノコなのに豚肉のような食感と味があり、油が全く無い事で女性に人気の食材だ。お値段もお手頃な価格で、貴族よりは庶民が好んで食べるタケノコである。
「トントンタケノコかあ。肉はミアの誕生会でいっぱい食べたし、俺は軽めでサッパリしたのがいいな」
「ぬう。そう言えば、兄上はずっと食べてたのじゃ」
「なんだ。見てたのかよ」
「エンドは目立っていたのよ。お母さん、とても恥ずかしかったわ。ねえ? デノン」
「ははは。大騒ぎしながら食事してたからね。カサリーノが他人のふりをしようって言いだすから、思わず笑ってしまったよ」
「ひでえ」
「あれだけ田舎者を丸出しにして騒いでいたら、誰でも他人のふりがしたくなるのじゃ。あ。でも、ラキはそんな兄上を見て可愛いと言っていたのじゃ」
「へ? か、可愛い……? な、なあ。そのラキってどんな子だ? やっぱ貴族なんだよな?」
「ワシの侍従のタキシードを着ていた者じゃ」
「……男かよ」
エンドはそう言うと、もの凄いがっかりした顔でため息を吐き出した。
男に対して可愛いなんて、普通は女子しか言わない。エンドはそう思っていたから、自分に興味を示してくれた女の子が現れたと期待したのだ。しかし、結果は男。そのがっかり感は凄まじかった。
まあ、中身が女子高生だからある意味当たっているので半分は正解だけど、残念ながら生物学的には男なブラキである。
「わたくしもミアのお兄様……エンドお兄様はとても可愛らしいと思いましたよ」
「え? 本当ですか? いや。でも、ミアと同い年の……しかも、お姫様が相手だし……」
「兄上。フィーラに恋心を求めるのはやめるのじゃ」
「ち、違うって。そんな大それた考え持つわけないだろ」
「婚約者が出来ぬと嘆いておったし、めちゃんこ怪しいのじゃ」
ミアがエンドにジト目を向け、エンドが冷や汗を流して目を逸らす。そんな二人……と言うよりはミアを見て、ネモフィラはなんだか無性に嬉しくなってニコニコだ。
ネモフィラが嬉しくなったのは、ミアが嫉妬をしてくれているのかもと言う期待からだけど、それはあくまでも無意識の事。恋愛経験が浅いどころか、まだよく分かっていないと言えるネモフィラには、そのニコニコの意味が分からない。とは言え、分かる必要も無いので問題は無い。ネモフィラはニコニコし乍らミアお勧めのトントンタケノコの厚切りステーキを注文して、食事をし乍らミアの家族との会話を楽しんだ。
こうして、ネモフィラが家族を呼んでくれたおかげで、ミアはとても楽しい時間を過ごす事が出来た。ミアはネモフィラに感謝して、本当に良き友を持ったと感じる。朝起きた直後は今日の予定を聞いて最悪な気分になったけど、最後には良い誕生日を迎えたと思うようになっていた。
「フィーラ。ありがとうなのじゃ」
「え……? ええと……はい」
よく分からなかったけど返事をしてネモフィラが笑みを浮かべると、ミアも満足気に笑ったのだった。
◇◇◇
ミアが家族と食事を楽しみ店を出ると、その様子を遠くから眺める額に傷痕のある男。男の隣には女が立っていて、二人はコソコソと話してニヤリと笑みを浮かべていた。
「あれがお姫様とその近衛騎士か。へえ。近衛騎士もまだ子供じゃないか。こりゃあ、たんまり稼げそうだな」
男の顔は邪悪に満ちていて、何か良からぬ事を企んでいた。




