聖女の誕生日(1)
夜が明けてミアの誕生日がやってきた。今日は誕生日パーティーがあるのでそれ以外の予定は無し。ミアはクリマーテに髪を梳かしてもらい乍ら、ルニィに今日の予定を聞いていた。
「朝食の後は会場前で待機し、来場者の方々に挨拶をして頂きます」
「ちゃんと椅子もありますから、挨拶の時だけ立って頂ければ大丈夫ですよ」
「わかったのじゃ」
誕生日パーティーの主役はミアだけど、今回のパーティーは少し変わっている。何が変わっているのかと言うと、それはこのパーティーの趣向。
ミアは“聖女”では無く“公爵”の爵位を持つ少女として知られていて、世間からは“ネモフィラの近衛騎士”とも言われている。しかし、世間から言わせれば所詮はその程度の立場だ。聖女どころか王族ですらない。なのに、他国からも参加者がやって来る予定だ。これは世間から見たら異常だった。ここまで大きなパーティーを開くなんて普通はあり得ない。この誕生日パーティーは、それこそネモフィラたち王族の誕生日パーティーと変わらない程の規模だった。
ミアの誕生日パーティーの話を聞き、不審に思った貴族がたくさんいた。しかし、その不信感は、とある一つの趣向で綺麗さっぱり拭い去って納得させた。その趣向と言うのが、天翼学園に通う為の“練習”と言うもの。ミアの誕生日パーティーは「天翼学園で行う夜会の予行演習を兼ねたものだ」と伝えられたのだ。
若干六歳の幼い王女ネモフィラが、前代未聞の天翼学園入学を決めた事は噂になっている。しかし、それも当然だ。入学に向けての準備が必要で、それ故に隠そうと思っても隠し通せるものでは無い。だから、天翼会の許可を得て大々的に発表が既にされている。そして、そのタイミングでミアを“ネモフィラの近衛騎士”だと国王ウルイ自らが正式に発表し、ネモフィラの護衛の為に学園に通う事を伝えた。そうして、パーティーの主役であるミアやその侍従たちに夜会を慣れさせる為と言う名目の趣向で、この誕生日パーティーが開かれた。
そんなわけで、ミアにとって少し面倒な誕生日パーティーになってしまっている。けど、世間からは羨ましがられていて、文句を言える立場では無い。その為、ミアは渋々と了承していた。元はと言えば自分が蒔いた種なのだから。
「挨拶の後は直ぐに着替えをして、入場後に壇上で主役の挨拶をします」
「面倒だから着替えずとも、そのままで良いのではないか?」
「ミアお嬢様の誕生日パーティーはチェラズスフロウレス寮主催の夜会の予行演習も含まれています。その為、主催者側となるミアお嬢様にも夜会での振る舞いが当然必要となります。ですから、面倒と言って疎かにする事は許されません」
「ぬぬう……」
天翼学園で行われる夜会と言っても、天翼会が主催者になるのか各寮が主催者になるのかで、その開催方法が大きく変わってくる。そして、今回の練習はチェラズスフロウレス寮が主催者側になった時の練習だ。
チェラズスフロウレス寮では主催者が最初に来場者に挨拶し、その後に着替えてから会場に入り、壇上に上がって挨拶する流れだ。受付時と入場時で二着ドレスを準備する必要がある。とまあ、そう言うわけなので、練習と言う名目上は面倒でも着替えなければならなかった。
「挨拶の後は暫らく主役席で待機です。待機と言っても、休憩ではございません。自国の貴族だけでなく、他国の王族や貴族が挨拶にいらっしゃいます。ですので、気を抜かない様に心がけて下さい」
「つまり挨拶回りに来た者達と話せと言う事じゃろう? これまた面倒なのじゃ」
「面倒でもやって頂きます」
「普通は主催者側がお話に行くんですけど、予行演習と言ってもこれは誕生日パーティーですからねえ。午前中はチェラズスフロウレス寮主催の誕生日パーティーと同じ流れだそうです。ミアお嬢様。頑張って下さい」
「ぬう。頑張るのじゃ」
クリマーテがミアを励まし、ミアは力無く気合を入れる。力無くなので本当に気合が入ったのか微妙な所だけど、まあ、いつも通りだ。
「午後からは夜会の練習を再開します。まず始めに参加者への挨拶です。会場内を動き回るので、昼食は取りすぎないようにお願い致します」
「全然誕生日を祝われる感じがしないのじゃ。挨拶ばかりで気が滅入るのじゃ」
「練習を兼ねてなので諦めて下さい」
「ひ、酷いのじゃ……」
と、ミアが落ち込んだ所でその後も話は続く。話を最後まで聞いた後のミアは、今日の主役とは思えない程にゲッソリとしていた。
「生まれて初めての最悪な誕生日が始まったのじゃ……」
そう呟かずにはいられなかった。




