誕生日前日のお忍び
新人侍従三人の試験が終わってから数日が経ち、ミアの誕生日の前日。ミアの誕生日のお祝いの準備で忙しいとの事で、この日は新人三人だけでミアのお世話をする事になった。
「今日のご予定は、朝の授業とお昼からの実技の授業が無くなったので、特にありません」
いつもはルニィがしていた一日の予定の報告を、クリアがミアの髪を梳かしながら伝える。すると、ミアが嬉しそうな表情を見せた。最近は学園への入学が控えていたので、毎日が授業でお休みが殆ど無かったのだ。だから、漸く久々に何も無い日がきたのだと、ミアは本気で喜んている。
「フィーラも今日は予定があると言っておったし、久々に一人で都を散歩するのじゃ」
「ご主人様。一人でなんて駄目ですよ。私達もついて行きますからね」
「ぬぬう。お主等も疲れておるであろう? 今日はお休みにするのじゃ」
「出来ません。そんな事したら侍女長に怒られてしまいます」
「そうですよ。あの鬼教官の説教は私でも震え上がるんですからね」
流石はルニィ。ドがつくほどの“M”なムルムルすら怯えさせている。ムルムルの話を聞くと、ミアは冷や汗を流して「仕方が無いのじゃ」と呟いた。
因みにどうでもいい事だけど、ムルムルの本質は肉体的なM娘なので、ルニィのような言葉で言うタイプは苦手なのである。とまあ、そんな変態は放っておいて、ミアは新人侍従三人娘を連れて出かける事にした。
そうしてやって来たのは、お城から二キロほど離れた場所にある雑貨屋さん。ミアがこっそり城を抜け出す時によく来るお店である。
「ヤハズおじさあん! 来たのじゃあ!」
「いらっしゃい。ミアちゃんは今日も元気だねえ」
店に入るなりミアが元気な声て挨拶すると、奥の方から少し小太りした中年男性が現れて出迎えた。人の良さそうなおじさんで、直ぐにミアの背後にいる三人に気がつくとニコリと微笑む。
「今日はいつもと違う子と来たんだね」
「うむ。ワシの侍従のチコリーとクリアとムルムルなのじゃ」
「私はここの店主のヤハズと申します。ゆっくりしていって下さい」
「…………」
「は、はい」
「はあい。よろしくされちゃいまーす」
まだ少し愛想の無い顔で無言なチコリーと、緊張した面持ちのクリアに、既に馴染んでいるムルムル。そんな三人にヤハズは微笑み、一礼してから店の奥の方へと戻って行った。すると、クリアが緊張を解いて大きく息を吐き、ミアに「あの」と声をかける。
「ミアお嬢様の事を“ちゃん”だなんて。あの方はミアお嬢様と同じ公爵の方なのですか?」
「公爵どころか爵位も無いただのおじさんなのじゃ」
「ただのおじさん……」
「えーっ。じゃあじゃあ、ご主人様に馴れ馴れしすぎじゃないですか?」
「え? それムルムルが言うの?」
「なんで?」
「馬鹿みたい」
ムルムルの自分の事を棚に上げた発言に、クリアのツッコミに似た質問。最後にはチコリーが呆れて呟いて、場の空気が悪くなる。かとも思えたけど、そうはならなかった。
最近の三人の関係はこんな調子で、これが日常茶飯事なのである。ミアもそれを分かっているので、この事に何かを言うなんて事もしない。ムルムルの質問に「それくらいが丁度良いのじゃ」なんて答えながら、商品を物色し始めた。
三人はミアが移動を始めると話をやめて、その後をついて行く。喧嘩した後の気まずさのようなものも無く、それどころかミアと一緒に色んなものを見て目を輝かせていた。と言っても、チコリーだけは相変わらずの不愛想な顔で、全然楽しんでいるようには見えないのだけども。
「試験の合格祝いがてら、三人にお揃いのアクセサリーを買うのじゃ」
商品を物色していると、突然ミアが笑顔で話し、これには三人が一緒に驚いた。まさか自分たちの為にプレゼントを買ってくれるなんて思わなかったからだ。
「ミアお嬢様……」
「ほ、本当に良いんですか……?」
「うむ。三人で話し合って、好きなのを選ぶのじゃ」
「やったー♪ ほらほら二人とも。ご主人様の好意に甘えちゃおうよ♪」
ムルムルが分かりやすく喜び、クリアが動揺しながらも笑みを浮かべ、チコリーの口角も少し上がる。そして、そんな三人を見つめ乍ら、ミアは嬉しそうに微笑んだ。
(喜んでくれておるようで良かったのじゃ)




