奴隷三人娘の侍従試験(1)
亥の月に入り、空気がひんやりとする冬の季節も終盤を迎える。といっても、チェラズスフロウレスは春の国なので気候が穏やかで暖かい。それも相まって、只今チェラズスフロウレス城内では侍従たちが汗を流して走り回っていた。何故なら、亥の月はミアが生まれた誕生月。盛大なパーティーを開く為にと、侍従たちはミアの誕生日を祝う為の準備で忙しいのだ。
そんなある日の事だ。奴隷三人娘の成長を確認する為の試験が開始された。ただ、試験と言っても難しい事は無い。ルニィとクリマーテとヒルグラッセとブラキの監視の下、丸一日を通してミアの身辺の世話をするだけだ。それに監視があると言っても四人がつきっきりでずっと見ているわけでは無く、交代で監視するだけなので、緊張しても多少は楽だろう。と言っても、それでも気が抜けないのは確かだろうけども。
「か、髪のお手入れをさせて頂きます」
クリアが緊張した面持ちで櫛を持ち、寝起きでボサついたミアの髪の毛を梳かしていく。その間はムルムルが肌の手入れをしていき、二人は黙々と作業を続けた。
しかし、実はここで何気に早くも難所である。何故なら、ミアの髪の毛は母親が毎日時間を惜しまず手入れをし、それをルニィとクリマーテが引き継いだ良質な髪だからだ。これを疎かにする事は絶対に許されず、だと言うのに、ミアは面倒がって早く終わらそうするのだ。だから、相手が主人だからと甘やかせて言う事を聞いてしまえば、ミアが調子に乗ってしまい今後も適当になってしまう。そしてこの日も勿論ミアは懲りずに直ぐに終わらせようとしていた。
「もうこれでいいのじゃ。ありがとうなのじゃ。早く着替えて朝ご飯を食べに行くのじゃ」
「え? でも……」
ミア必殺のお礼攻撃がクリアを襲う。ありがとうの一言を繰り出す事によって、これ以上続ける事への罪悪感を相手に植え付ける姑息な攻撃手段だ。これにはクリアも困り果ててしまい、この時間の監視役のルニィに視線を向けた。
しかし、ルニィは無言で見ているだけだし、なんの反応も示してくれない。万事休すだ。だけど、クリアは一人じゃない。透かさずムルムルがフォローに入った。
「駄目ですよう。ご主人様。ご主人様はとっても可愛いんですから、もっと可愛くしなくちゃ」
「ぬぬう。褒めてくれるのは嬉しいのじゃが、ジッとしているのは暇なのじゃ」
引きこもりたいとか言って普段ゴロゴロしてる奴が何言ってんだよ。って感じの発言だが、ムルムルは一枚上手である。そんなミアの手を取って自分の胸に触れさせた。
「お暇なら私のおっぱいを揉んでていいですよ」
「なんでじゃ!?」
あまりにも唐突ないかがわしい展開にミアが驚いて手を引っ込めると、ムルムルは不満気な顔になる。そして、残念そうにミアの肌の手入れを再開した。
「前から気になっておったが、ワシだけでなく男にも同じ事をするじゃろう? ムルムルはもう少し恥じらいを学んだ方が良いのじゃ。自分の体を大切にする事をお勧めするのじゃ。と言うか、ワシはムルムルの将来が心配なのじゃ」
「え~。ご主人様ってば私の祖父母と同じ事言ってますよ。なんだかお婆ちゃんみたい」
お爺ちゃんです。
「もういいのじゃ。ジッとしてるから早く終わらすのじゃ」
ムルムルの作戦? によりミアが撃沈。見事に勝利を収めた事で、クリアは目配せでムルムルに感謝をした。
そうして暫らくが経って朝食の時間。給仕をクリアとムルムルが頑張っている中で、ちょっとした事件が起きた。それは、護衛騎士の為ミアの側でジッと立っているチコリーに、ルーサが話しかけた事で始まった。
「よう。今日は試験だってな。頑張れよ」
「…………」
「……? おい。なんか言えよ」
「…………」
「てめえ。喧嘩売ってんのか?」
「…………」
「本気でイラッときたぜ。無視するとはいい度胸だな」
ルーサが少しだけ声を荒げて、周囲がそれに気がついて視線が集まる。すると、チコリーがため息を吐きだし、ルーサに視線を向けずに話した。
「任務中に私語とか迷惑」
「てっめ……っ。はあ。ちっ」
いつものルーサであれば掴みかかっていただろうけど、ルニィの教育の賜物でそうはならなかった。苛立った様子を見せたものの、チコリーの言っている事は最もだと理解して、舌打ちしてチコリーから離れていく。ただ、険悪なムードになったのは間違いない。そんな二人の様子を、ミアとネモフィラが冷や汗を流して見つめた。




