師匠は口が軽い
魔法の授業が終わると今日の勉強も終わり、ミアとネモフィラはジェンティーレを誘ってお茶会を開く。侍従はブラキだけが残り、ネモフィラの侍従も休憩に入ってメイクーだけが残り、ルニィたちは新人への指導を始めた。ネモフィラの侍従をメイクーだけにしたのは、一応ミアの聖女の話題が出た時の為だ。ルティアなら残しても良かったのだけど、護衛が一人いれば十分と言う事で、ブラキが給仕を一人でやる事になったのだ。
ジェンティーレは紅茶を一口だけ口に含むと深く息を吐き出して、姿勢を崩した。
「聞いてよ。この間の通信機の件が会長に知られてしまったせいで、減給を受けたのよ」
「も、申し訳ございません。わたくしが捕まってしまったから……」
「違う違う。フィーラのせいでは無いわ。私が使用許可を出したの。沢山配ったのも私。私が言いたいのは、あんな事があったんだから大目に見てほしいって話よ」
「寧ろ減給程度の処分で済んで良かったのではないか? 解雇処分の可能性もあったのじゃろう?」
「だとしてもよ」
ジェンティーレは苛立った様子で紅茶を一気に飲み干し、ブラキが直ぐにおかわりを差し出す。すると、ジェンティーレはそれも直ぐに飲み干してしまい、ブラキが慌てておかわりを再び差し出した。
「ヤケ酒ならぬヤケ紅茶なのじゃ……」
「良いね。お酒でも頂こうかしら?」
「駄目じゃ。と言うかお主、この後は寮に帰って新入生用の魔装の準備と報告があるのじゃろう? 酒なんか飲んだら仕事どころでは無くなるのじゃ」
「面倒ねえ」
「魔装の準備……? 丑の月までまだ二月以上もありますのに、もう準備を始めるのですか?」
「ん? まあ、そうね。新入生の数はもう決まっているから、その分の準備を今から始めるの。余裕を持っておいた方が良いからね」
「そう言うものなのですね」
今更ではあるがこの世界の一年も十二ヶ月で、でも、皆が知っているようなものでは無い。月を表す言葉は日本ではお馴染みの干支が使われている。新年を表す一月と同じ意味を持つ“戌の月”から始まって、年の最後は十二月の意味を持つ“酉の月”。干支と言えば“子”から始まるけど、“子の月”は春の始まりである三月の意味を表している。
ざっと説明するならば、以下の通りになる。
春 “子の月”(3月)
春 “丑の月”(4月)
春 “寅の月”(5月)
夏 “卯の月”(6月)
夏 “辰の月”(7月)
夏 “巳の月”(8月)
秋 “午の月”(9月)
秋 “未の月”(10月)
秋 “申の月”(11月)
冬 “酉の月”(12月)
冬 “戌の月”(1月) 今ココ
冬 “亥の月”(2月)
尚、天翼学園には独自の傾向があり、“子の月”からを新年と考えていて、“亥の月”を年の終わりとしている。とまあ、話は脱線してしまったけど、今は戌の月。天翼学園入学式がある丑の月までは二ヶ月もの時間があった。
「新入生と言えば、ワシとフィーラは本来なら酉の月に受ける筈の入学試験を受けておらぬのじゃ。幾らフィーラを保護する為と言っても、保護する手段が入学となれば話が別じゃ。世間からは入学の必要があるのかと疑問も出て来るであろう? そこ等辺はどうやって誤魔化すのじゃ?」
「その点は会長が“下手に嘘を言ってもボロが出るし、困った質問はノーコメントでいこうぜ”と言っていたよ」
「の、ノーコメントなのじゃ……? 会長さんには会った事が無いのじゃけど、ノリがえらい軽い人じゃのう」
「確かに軽いかもしれないね。っあ。そうだ。言い忘れていたけど、会長が近い内に挨拶に来ると言っていたよ」
「ぬう。なんだか面倒そうなのじゃ」
「心配する必要はないよ。会長はメロディアース諸島出身だから、ミアとは話が合うと思うわよ」
「なぬ? メロディアース諸島じゃと?」
「メロディアース諸島……。確か、遥か北西の果てにあると言われる“神々に愛された大地”ですよね? わたくし達チェラズスフロウレスのご先祖様が昔住んでいたと、書物で読んだ事があります」
「ええ。その通りよ。他国では知られていないから、幻の大地とも言われているね。と言っても、学園の授業で習うから、卒業生はその存在を知っているけど」
「しかし、なんでそれでワシと話が合うと言う話になるのじゃ?」
「そんなの簡単な事よ。フィーラも書物を読んで知っていると言ったわね。それなら、フィーラにも理由が分かると思うよ」
「わたくしがですか……?」
ネモフィラは驚くと少し考えて、そしてハッとした顔になる。
「メロディアース諸島は神々に愛された大地で、その大地を踏んだ者はいないとされています。だから、“聖女”と同じように神聖化されています。それが理由ですか?」
「その通り。だから、そこ出身の会長は自分がそうだと言う事を隠しているのよ」
「成る程のう。って、お主、それをワシ等に言って平気なのじゃ?」
「あ」
あ。じゃないが? と言う感じで、ジェンティーレがミアとネモフィラ、そしてブラキとメイクーに視線を向ける。ブラキとメイクーは視線を逸らして、居た堪れないような表情を見せていた。
「立場を考えればミアとフィーラは良いかもしれないけれど……。ええと……そこの二人、今の話は忘れてくれないかなあ? ハハハ……」
ジェンティーレが乾いた笑い声を漏らして、ブラキとメイクーが気まずそうに頷いた。




