王位継承権決定方法
ミアたちが帰って来てから、チェラズスフロウレス城では日に日に慌ただしさが増していた。この日は久しぶりに再開した授業の午前の部が終わり、昼食を食べ終えた後だ。食後の休憩をネモフィラと過ごしていたミアは、ふと、ルーサがいない事に気がついた。
「そう言えばルーサの姿が見えないのじゃ」
「ルーサはわたくしの護衛になる事を両親に話して来ると言って、昨晩城を出ました」
「そう言えば契約だの書類だの保護者の許可が必要だのとルニィさんが言っていたのじゃ」
ルニィに視線を向ければ、「はい」と一言返事をして同意する。ルーサはミアの侍女として仮契約をしていたから、改めて必要な物があると国に帰ったのだ。因みに、ブラキはとくに何も必要が無く、正式採用になったと手紙を両親に送って終わっていた。だから、勿論この場にもいるし、クリマーテと並んで立っている。
「それよりも、ミア。少しご相談があるのですけど、聞いてくれますか?」
「ふむ。構わないのじゃ」
真剣な面持ちで尋ねてきたので、ミアは何事かと一緒に真剣な面持ちになる。すると、ネモフィラが「ありがとう存じます」と頭を下げてから言葉を続ける。
「ご存知の通り、わたくしはサンビタリアお姉様と王太子にさせる為に争っています。アンスリウムお兄様がいなくなった今、この間の家族会議で話し合ったように、王太子についてのお話をお父様が国民に発表しました。ですけど、とても雲行きが怪しいのです」
「ふむ? となると、フィーラが王太子になりそうなのじゃ?」
「そうなのです……」
ネモフィラは頷くと眉尻を下げて少し俯き、再びミアに視線を戻して目を合わせる。
「魔人の国の一件で、わたくしが“聖女”様と知り合いかもしれないと噂が流れ始めているそうで、王太子になるべきだと話があがっているのです」
「成る程のう。まだ聖女が存在しておるわけでは無いのに、皆の期待がそうさせておるのかもしれぬのう」
いや。お前が聖女だろうが。と言う感じだけど、ツッコミを入れる者はいない。新人侍従の三人もそれは一緒で、黙って話を聞いている。
「もちろん噂は事実どころか、わたくしはミアのお友達です。でも、それを話す事も出来ませんし、わたくしは国を継ぐつもりが無いのです。どうすれば良いのでしょうか?」
「ぬう。聖女では無いワシが力になれるかは分からぬが、精一杯力を貸すのじゃ」
「ミア! ありがとう存じます!」
ネモフィラがとても素敵な笑顔を見せるけど、侍従たちは冷や汗を流す。そして、ここからが話の本題である。
ネモフィラは王太子にさせる為の戦いの現状をミアに説明し、ルティアやメイクーが補足で説明していく。そうして分かったのは、現状ではかなり厳しいと言う事。一度事件を起こしているサンビタリアを王太子にする事は想像よりも難しいのだ。しかも、ネモフィラは聖女の知り合いと噂が流れ始めている。聖女と親しいネモフィラが王位を継承すれば、この国は安泰だと誰もが考えていた。
「ふと思ったのじゃが、王太子を決める方法はどう言うものなのじゃ?」
「決める方法ですか?」
「うむ。元々はランタナ殿下が学園に通い卒業するタイミングで決めると聞いておったが、その方法をワシは聞いた事が無いのじゃ」
「確かに話した事は無かったですね」
ミアの言葉にネモフィラは頷いて、それから王太子を決定する方法を教えた。そして、王太子を決める手段は、以外にも単純なものだった。
「夜会……つまりは社交界で投票して決めるのじゃ?」
「はい。夜会で試験と面接、それ等を参加者には話さず秘密裏に行い、最後に投票を行うのです。夜会の参加は貴族や他国の代表者で、全ての参加者に投票権があります」
「ふむ。話を聞く限りじゃと、国民がフィーラを王太子にと願っても意味が無いように思うのじゃ」
「そんな事はありません。夜会に誘う参加者の殆どが地方から来る領主なのです。そして、領主は領民の声に寄り添う方達が選ばれます」
「むむ。と言うと、参加資格のある領主は民の事を考えて投票するのじゃ」
「勿論領主以外の貴族も参加しますが、恐らく領主がわたくしを王太子にと投票してしまえば、わたくしが王太子になってしまいます。それ程に領主の参加者が多いのです」
王太子決定の方法は、夜会での投票だった。参加者の半数以上が領主であり、民の声を聞き寄り添う事の出来る者だ。そして、この投票と言うのも王太子を決める為と言わず、ただ“どちらが国をより良くする事が出来るか?”などと言う質問だった。つまり、参加者は全員がその意図を知らず、特に気にせず投票が出来てしまう。だからこそ、今の聖女の知り合いかもしれないと言うネモフィラの立場が危ういのだ。
因みに、アンスリウムがまだ健在だった頃は、この投票をする前にウルイとアグレッティで話し合って二人に絞り、夜会を開いて投票してもらう事になっていた。だから、二人に絞る必要が無くなっただけで、王太子の決め方は変わっていなかった。アンスリウムが聖女であるミアに固執し婚約を迫ったのも、それを知っていたからだ。と言っても、今となってはどうでもいい事だけど。
「しかし、そうなると厄介じゃのう」
「そうなのです。投票は匿名で出せますし、王太子がこれで決まるとも知らないので、単純に世間での評判に影響されてしまうと思うのです」
ネモフィラは肩を落として表情を曇らせる。思っていた以上に深刻だとミアは感じた。ミアとしては助けてあげたいけど、今は何も良い案が思い浮かばず、励ましてあげる事しか出来なかった。




