波乱の自己紹介 後編
隷属契約。それは主従関係を完全なものとするもので、奴隷の体の一部に文字を刻んで服従を誓わせる契約。刻まれる文字は“隷”と言う文字と、“隷”と一緒にもう一文字が刻まれる。それは奴隷の主人によって文字が変わり、様々だ。
例を挙げるなら、火属性の魔法が得意な主人であれば“火隷”。頭が賢く賢者と呼ばれる程の者であれば“賢隷”等あり、模様が一緒に浮かび上がる事もある。
この隷属契約の文字が刻まれると、奴隷は主人の命令に背く事が出来なくなる。そんな事もあり、奴隷を持つ者は総じて契約時に名を魔王に知らせるのが必要で、隷属契約を交わした奴隷は魔王に逆らう事も出来ないようになっていた。これによって魔王の暗殺も不可能となっていて、王族を害する事も許されない。
隷属契約で手に入れた奴隷は、主人よりも魔王等王族の命を優先するようになっていて、奴隷を大量に手に入れても魔王の命令が下れば使う事も出来ないのだ。その為、聖戦で隷属契約を交わした奴隷が使われる事は無かった。
尚、隷属契約で奴隷を手に入れた主人にも、奴隷と同じ場所に同じ一文字に“主”と言う文字が刻まれる。が、普段は消えていて見えないようになっている。その文字が浮かび上がるのは、契約時やとある条件の時だけだ。
◇◇◇
最後に自己紹介した少女ムルムルは魔人で、身長が百六十もある少女。紫色の髪に青い瞳を持つパッと見は成人女性で、胸も大きくて、どう見ても十歳には見えない容姿だった。ただ、二人と比べてノリが軽い。それは本当に奴隷なのかと疑いたくなる程にだ。そんなムルムルの見た目と雰囲気、そして年齢のギャップにネモフィラたちが驚いていると、奴隷商人が相変わらずのにこやかな笑顔で説明を始める。
「ムルムルが奴隷になった経緯を説明します。ムルムルの母親は野盗に襲われて誘拐され、その時に身ごもって生まれたのがこの子です。母親は病死していて、野盗である父親は既に捕まっているので、死刑を下されて死んでいます」
「そんな事が……」
と、ネモフィラが同情したその直後。ムルムルがニコッと笑顔を見せて爆弾発言を投下する。
「奴隷になるのが夢だったので、祖母と祖父の反対を押し切って奴隷になりました♪」
「……え?」
誰もが耳を疑って驚いた瞬間だった。そして、奴隷商人さえも困ったような表情を見せる。
「変わっているでしょう? この子……ムルムルには母方の祖母と祖父が健在で、娘の形見でもある孫を預かりたいと言ってくれているのですが、この子本人がそれを拒みました」
「祖母と祖父は、例え父親が犯罪者でも子供の私に罪は無いと言って、私を甘やかそうとしてくるんですよう。でも、私は甘やかされるのではなくて、もっと酷い事がされたいんです」
「面白いじゃろう? さっきムルムルから話を聞いて、ワシの計画には是非必要な人材だと思って奴隷にしたいと思ったのじゃ」
「…………」
最早意味が分からない。理解不能過ぎて思考が追いつかない。と、誰もが思った。
このムルムルと言う少女、何を隠そうドが付く程に“M”だった。どうしてそうなってしまったのかは謎だが、多分生まれつきなのだろう。ムルムルは奴隷こそが天職だと思っていて、ムルムルが入っていた牢も罪人が入れられる壁無しトイレの牢だった。
しかし、それがミアには好印象で、将来の“引きこもり計画”において必要な人材だと感じ取った。何故なら、引きこもる上でも財源は必要で、それをムルムルに任せれば喜んで働いて稼いで来てくれると思ったからだ。完全に引きこもりと言うよりヒモなニート思考である。
いや本当に聖女である前に人としてそれはどうなんだよ。って感じのミアだが、これがミアなので仕方が無い。いつかどこかで痛い目に合うように祈りつつ、最低でアホなミアを見守るしかないだろう。
しかし、流石にこの理由にはルニィも顔を引きつらせて、頭痛を感じて額を押さえた。だけど、ムルムルの爆弾発言の投下はまだ終わらない。
「本当は男の人の奴隷になって~、力ずくで無理矢理エ――――」
「わああああああああ! それ以上は言わなくて良いからあ!」
何かを察して叫ぶブラキ。そんなブラキの言葉で話を遮られて、ムルムルが目をパチクリとさせて驚いた。ネモフィラは首を傾げていたが、ブラキのファインプレーにアネモネや侍従たちが安堵する。本当にとんでもねえ奴に目を付けてしまったミアは、ニコニコした満面の笑みでご満悦である。それはもう、この笑顔を殴ってやってほしいくらいには。
「では、お支払いに進みますか?」
奴隷商人がミアに話しかけ、ミアは「勿論なのじゃ」と満足そうに笑みを浮かべる。その顔は奴隷を買うとは思えない程にキラキラとした可愛らしい笑みで、ネモフィラたちは冷や汗を流した。
「これは教養を一から身につけさせる必要がありますね……」
ルニィが額を抑え、疲れた顔で呟いた。




