波乱の自己紹介 前編
奴隷市場での奴隷の購入の流れは、奴隷本人の自己紹介の後に奴隷商人の補足説明があり、その後に主人になる者と奴隷の間で特殊な契約方法で契約を結んで終了となる。お金の支払いのタイミングは契約の前で、奴隷商人の説明が終わった後。支払いが終わるまでは選び直す事が可能だけど、契約後の返金は受付不可。契約を解除したい場合は手続きが必要で、逆にお金を支払う必要がある。他にも色々と細かい部分はあるけれど、大まかな流れはそんな所だ。
「チコリー。エルフ……歳は十七」
ミアが選んだ一人目の奴隷は生気の無い顔でそう言った。
黄緑色の髪に黄色が混ざり、瞳も綺麗なエメラルドグリーン。エルフの特徴でもある細長の耳を持ち、可愛らしく整った顔立ち。彼女はそんな見た目をしたミアと同い年くらいにしか見えない少女……いや。成人している女性だった。
この世界では十六になる年が成人になる年なので、彼女は成人してから既に一年は経っている。その事にネモフィラたちは驚いたが、ミアは分かっていたようでちっとも驚いていなかった。そして、商人が奴隷になった経緯を説明して、ネモフィラたちは更に驚く事になる。
「チコリーが奴隷になった経緯を説明します。チコリーの家は貧乏で、子供の頃に母親が夜逃げ。その後は父親がチコリーを一人で育てました。と言っても、とても育てているとは言えない環境での生活です。成人してからは父親に体を売る仕事をさせられていて、それが最初から計画されていた事なのでしょう。特殊な客を喜ばせる為に、わざと体の成長を止める魔道具を使用させられて年を重ねた為に、見た目は幼い少女のようになっています。横暴な客が常連になった事で我慢の限界を迎え、父親とその常連客を殺してしまい、その後捕まって奴隷になったと言う経緯です」
あまりにも壮絶な過去に、ネモフィラが立ちくらみで倒れそうになり、それをメイクーが支える。そして、商人の計らいで椅子を持って来てもらい、ネモフィラは椅子の上で座らされた。本当は場所を移動して横にと勧められたけど、それはネモフィラが断ったのだ。目を背けてはいけないと。
ネモフィラが幼いながらも話を理解出来たのは、小説好きのミントの影響なのだけど、それは今関係ないので置いておこう。ちょっとしたアクシデントはあったけど自己紹介が続行される。
「く、クリアです。石人の、な、七才です」
続いて自己紹介したのは、石人と呼ばれる少女だ。
石人は魔宝帝国マジックジュエリーに多くいる種族で、体の何処かに魔石がある。それは個々によって場所が異なり、おでこなどの目に見える場所にある者や、胸元などの普段は見えない場所にある者までいて様々だ。
クリアは目に見える所に魔石があり、それは右耳の耳たぶだった。魔石に色は無く透明な無色で、場所が場所だけにピアスのようだった。無色の魔石は無属性を意味していて、それは石人としては珍しい色。
クリアは見た目通りの年齢で、髪はグレーで瞳も同じグレー。緊張しているからかおどおどしていて、少し弱々しい印象だ。
「クリアが奴隷になった経緯を説明します。クリアは数か月前に野盗に襲われて両親を亡くし、野盗に身売りされている所を冒険者に助けられました。その後は預かり手がいないので、こうして奴隷市場に連れて来られたのです」
「一つ質問しても?」
奴隷商人の説明を聞くと、アネモネが少し怪訝な顔で尋ねた。すると、奴隷商人は嫌な顔一つせず、にこやかに「どうぞ」と話を伺う。
「この子が石人なら、魔宝帝国の教会の孤児院に預けるのが普通だと思うのだけれど、何故それをしなかったの?」
「仰る通りです。ですが、この子がそれを拒みました」
「え? 拒んだ……?」
アネモネが思いもよらない返答に驚いてクリアに視線を向ける。すると、クリアがビクリと体を震わせて、アネモネから視線を逸らした。しかし、視線を逸らしたものの、理由を話すのは抵抗が無いらしい。問い詰めたわけでもないのに説明をする。
「こ、孤児院は貧乏な生活から抜け出せない。けど、奴隷はお金持ちに買ってもらえたら……運が良ければ孤児院より贅沢が出来るから……」
「……そ、そう」
最早何も言えないアネモネ。と言うか、クリアが奴隷を選んだ理由が“お金”で、アネモネだけでなくネモフィラたちも呆気にとられて言葉を失った。しかし、ミアは「頭が良いのじゃ」などとアホな事を言っている。
因みにクリアが言っている通り、運が良ければ孤児院に行くより贅沢が出来る。奴隷と言っても様々で、ちゃんと人として扱っている買い手はこの国になら多くいた。まあ、ガチャみたいなものなので、それが良いとは一概には言えないわけだけども。
それにクリアはまだ幼い。奴隷の過酷な労働を知らないし、体目当てのヤベえのが一定数いるのも事実。しかし、教養が足りていないのでそれを理解出来ていない。もちろんそれは奴隷商人が教えたけれど、年が幼いのもあって、それをちゃんと聞こうとしなかった結果がこれである。つまりこのクリアと言う少女は、年相応な究極の世間知らずっ子だった。
「ミア。この子はやめておいた方が良いと思うわ」
「心配はいらないのじゃ。ワシの見立てでは素直でいい子なのじゃ。常識はこれから教えていけば良いのじゃ」
アネモネが心配したけど、ミアはそう言って笑顔を向ける。こうなるとアネモネもこれ以上は何も言えないと、心配が拭いきれない乍らも、これ以上何かを言おうとはしなかった。
そして、最後の一人の自己紹介が始まる。最後の一人は十七歳くらいの見た目で、身長も百六十はあるだろう女性だ。だから、自己紹介をした途端に、ネモフィラたちはまたもや驚いて言葉を失った。
「魔人のムルムルで~す。年は十歳です♪」




