幕間 第三王女の悩み事
「ぬおおおおん! ありがとうなのじゃあ!」
ミアはそう泣き叫びながら、アネモネお姉様に抱きしめられていました。そんな姿を見て、わたくしはミアの役に立てないだけでなく、辛い時に側にいてあげられないのだと思いました。そしてそれがとても辛くて苦しくて、ブラキとルーサを連れてその場を離れました。
「おい。何で離れるんだよ? ミアの所に行かねえのか?」
「わたくしは……本当にミアのお側にいて良いのでしょうか……?」
「は?」
「ネモフィラ様……。そんなの当然です。ネモフィラ様とミアお嬢様はとても仲の良いご親友ですし、ミアお嬢様もそれを望んでいます」
「そもそも気にしすぎなんだよ。ネモフィラは王女だけど六歳の子供なんだから、悩んでねえで子供らしく好きにすれば良いだろ」
「子供らしく好きに……」
「ちょっとルーサ。言いたい事は私にも分かるけど、言い方が良くないよ」
「あ? 分かんなら良いだろ」
ブラキとルーサが喧嘩を始めてしまいました。でも、ルーサが仰ったように、好きにすれば良いのかもしれません。何故なら、子供らしくないとたまに言われるからです。王家に恥じない作法を身に着ける為に、子供らしさを無くしたのかもしれないと、ジェンティーレ師匠にも言われた事がありました。だけど、そのおかげで厳しい修行に耐えていると、褒めても頂けました。
「ああ! もう! うるせえな! とにかくだ! ネモフィラは気にするな!」
喧嘩をしていたルーサが突然わたくしに話を振りました。それでもわたくしを元気づけようとしていてくれるのは伝わります。ルーサは乱暴な雰囲気の方ですけど、とても優しいお姉さんです。ルーサはあの時、フレイムモールから護ってくれていた時に言ってくれたのです。
「ネモフィラ。お前はミアにとって大事な友達だ。それなのにお前は見ていて危なっかしい。本当に王女なのか疑いたくなるくらいにはな。だから、あいつがいない時は、あいつの代わりにオレが護ってやる。オレをお前の護衛騎士にしてくれ」
ルーサはわたくしと同じようにミアが好きで、だから、わたくしが好きと言うわけではありません。でも、好きなミアの為に、その友人を護る。だから、もしミアの友人がわたくしで無かったとしても、それは護る対象がその別の誰かになるだけなのです。しかもそれは、絶対にミアの友人なのは変わらない。
わたくしにはそれがとても素敵な事だと感じました。それにかっこいいと思いました。ルーサの気持ちが嬉しくて、わたくしは首を縦に振って受け入れました。そんなルーサにだからこそ、わたくしは内に秘めた隠し事を告白する事にしたのです。
「実は……それだけでは無いのです」
「それだけじゃない……? どう言う事だ?」
「わたくし……わたくしが捕まってしまった事で、ミアと一緒に書いていた交換日記が滞ってしまったのが悲しいのです!」
「…………は?」
「ええっと……」
何故でしょう? わたくしが交換日記を最近書けていない事を伝えると、お二人が動きを止めてしまいました。それに困惑しています。もしかして、交換日記を知らないのでしょうか?
「交換日記と言うのは、お友達と一緒に日記を書いて交換し合う行為の事です」
「お、おう……」
「そうだね。……ははは」
ブラキが何故か乾いた笑みを浮かべました。ルーサも何か言いたそうな顔になって、でも、言わずにブラキの耳元で内緒話を始めます。どうしたのでしょう? わたくしの説明では分からなかったのでしょうか? 人に何かを教えると言う行為は、わたくしが思っている以上にとても難しい事なのかもしれません。
「ネモフィラ様はミアお嬢様と毎日交換日記をしていたから、とても悲しいんだね」
「――っはい! そうなのです!」
良かったです。ブラキはわたくしの言葉を理解して、しかも気持ちを分かってくれました。とても嬉しいです。だから、ブラキに交換日記が書けなかった事がどれ程に悲しい出来事だったのかを、わたくしはブラキにいっぱい聞いてもらいました。ブラキは真剣にわたくしの話を聞いてくれて、いっぱいいっぱいお話をしました。でも、その時にわたくしはお話しながら気がついたのです。
(もしかしたら、ミアもこんな風に年上のお姉さんに悩みを聞いてほしかったのかもしれません)
そうです。わたくしは悩みを聞いてほしかったと気がついたのです。そして、それはミアも同じだったのかもしれないと。
交換日記が書けなくて悲しい。でも、それはミアには恥ずかしくて言えません。だって、書けなくなったのは、わたくしが自分で人質になりに行って捕まったのが原因なのです。自業自得です。ミアに書けなくて悲しかったなんて恥ずかしくて言えません。だから、お友達のミアではなくて、年上のルーサやブラキに甘えたのです。
きっとミアもわたくしと同じように、年上のアネモネお姉様に甘えたかったのかもしれません。そう思うと、何だか少し気持ちが楽になりました。だって、それならわたくしにも分かるのです。
「ブラキ。ルーサ。話を聞いてくれてありがとう存じます。とてもすっきりしました。ミアの所に戻ります」
「はい。もし話したくなったら、いつでも言って下さい」
「そうだな。話を聞くだけなら聞いてやるよ」
「うふふ。ありがとう存じます」
(何だか、お兄様とお姉様のお二人が一度に出来たみたいです)
わたくしはそんな事を思いながらブラキとルーサと笑みを交わして、ミアの許に戻りました。




