幕間 天狗の仁義
「グテン。お前、本当に立派になったなあ。大したもんだ」
「ついこの間まであんなに小さかった子がねえ。春の国の王女様の専属料理人だなんて、あたしも鼻が高いよ」
「小さかったって、そりゃあ二十年近くも昔の話だろ」
俺の名はグテン。最近三十三の歳を迎えた……まあ、おっさんだ。
子供の頃はここモノーケランドの妖霊の都カピタースペクターに住んでいて、今俺の目の前にいるのは子供の頃に世話になった近所のおっさんとおばさんだ。いや。あれからもう随分と年が経ってるから、爺さんと婆さんって言った方がしっくりくるか。
俺がここに帰って来たのは、チェラズスフロウレスの第三王女ネモフィラ様とミアお嬢ちゃんが流行病の伝染病を治しに来てくれたからだ。ここに着いた時は、そりゃあもう酷い有様で、みんな元気が無かった。目の前にいる婆さんも伝染病にやられていて、明日中には死ぬと医者に言われていたよ。でも、それがこの通り元気になった。
それもこれも全部ミアお嬢ちゃんのおかげだ。ミアお嬢ちゃんは聖女様だったんだ。俺も初めて聞いた時に最初は驚いたもんだが、妙に納得したのを覚えてる。考えた事も無かった癖に“やっぱりな”って言葉が不思議と頭に浮かんだんだ。やっぱり偉大なお方は俺みたいな凡人とは違うなって、思ったもんだよ。勿論卑下するとかでは無く、尊敬の意味を込めてだ。ミアお嬢ちゃんにはそれだけのものがある。高貴な立場なのにそれをひけらかす事も無いし、本当に敬意を払うに相応しい方さ。
話が脱線しちまったが、今は祭りの最中だ。今日は自由にして良いって言われて、同僚のカウゴと一緒に家族に会いに行ったら、こうして近所のジジババに捕まっちまったってわけだ。
因みにカウゴの野郎は、俺が捕まると「若い姉ちゃんでもお茶に誘って来る」とか言って、どっかに行っちまいやがった。後でシバキ倒してやらないとな。
爺さんと婆さんと会話を交わして家に帰ると、チェラズスフロウレスでの生活の事を家族に聞かれたよ。最近チェラズスフロウレスの悪い噂が流れてるとかで、俺は呆れた。伝染病で大変な時だったのに、よくそんなつまらない噂が流れてたもんだな。ってな。でも、そんな噂も無くなるだろう。
だってそうだろう? ミアお嬢ちゃんやネモフィラ様のおかげでこの国は救われたんだ。俺の家族は……いや。オレの家族だけじゃねえ。モノーケランドは恩人に恩を仇で返すような奴はいねえ。
俺達モノーケランドの妖人は“仁義”を何よりも大切にしているからな。
「あんたの元気な姿が見れて良かったよ。王女様によろしくね。しっかりやるんだよ」
「ああ。お袋も元気でな」
俺の予想は的中だ。伝染病を治す薬をネモフィラ様が持って来てくれたと聞いてから、お袋は随分とネモフィラ様にご執心になっていた。本当はミアお嬢ちゃんのおかげでもあるが、それを話す権利は俺には無いし、何よりミアお嬢ちゃんがそれを嫌がる。だったら、ネモフィラ様一人のおかげって事にすりゃあいい。ネモフィラ様はそれを嬉しくは思ってないみたいだけどな。
そんなネモフィラ様がある日、妖狐山で失踪した。
「グテン! カウゴ! ネモフィラ様を見なかった?」
「いや。見てねえけど……」
「俺も見てねえな。何かあったのか?」
俺とカウゴはその時は休憩してたんだが、そこにメイクーが来てネモフィラ様がいなくなったって聞いて、俺もカウゴも驚いたさ。必死になって捜索したが結局見つからず、色々あってクリマーテが帰って来て事情を聞いた。
そん時のミアお嬢ちゃんからは静かな怒りを感じたよ。だけど、怒ってるのはミアお嬢ちゃんだけじゃねえ。俺達は全員が怒っていた。そして、ネモフィラ様を助ける為に協力者を集めた。
「大恩人ネモフィラ王女を救う作戦に参加させてくれ。一度は諦めたこの命、ネモフィラ王女に救われたのだ。ネモフィラ王女の為に使いたい」
流石は侍王様だ。モノーケランドの侍王様ってだけあって、誰よりも“仁義”を重んじている。ミアお嬢ちゃんにそう言ってくれた時は、俺も魂にくるものがあった。勿論ミアお嬢ちゃんも同じだろう。侍王様の言葉に首を縦に振って、協力を感謝したんだ。
それから暫らくして、ネモフィラ様を見つけた。そして、全力で敵を追い詰めてネモフィラ様を助けたんだ。結局俺は何の役にも立てなかったけどな。俺に出来る事と言えば、カウゴと一緒に料理を作る事だ。
「捕まってからそんなに日も経っていないのですけど、なんだか久しぶりにお二人のお料理を食べたように感じます。お二人のお料理は相変わらず美味しいですね」
ネモフィラ様を助けた日に俺とカウゴで作った料理を食べて、あんな酷い目にあって怖い思いをしたのに、ネモフィラ様はいつもと変わらない笑顔でそう仰ってくれた。
俺とカウゴは嬉しくなって思ったよ。俺達は何があっても、ネモフィラ様について行こうとな。勿論、それはミアお嬢ちゃんもだ。だから、チェラズスフロウレスに帰ったら、陛下にネモフィラ様とミアお嬢ちゃんの専属料理人になる許可を貰おうと決めたのさ。
将来二人が離れる事になったら、俺とカウゴも分かれてそれぞれについて行く。そう決めたんだ。




