正式採用
ミアとネモフィラとジャスミンの三人で開いたお茶会は、世間話なども入れて盛り上がり、精霊たちも楽しんだ。しかし、楽しい時間が過ぎるのは早いもので、夕方頃になるとジャスミンが「あ。そろそろ帰らなきゃ」と言って帰って行く。すると、入れ替わるようにして、ルニィとクリマーテとルティアとメイクーがやって来た。四人は少し遠く離れた港町に滞在していて、聖戦が終わるまで待機を命じられていた。だから、聖戦が終わってからの移動で時間がかかったのだ。
「ネモフィラ様!」
メイクーが流れそうになる涙をグッと堪えて駆け出し、頭を下げて跪く。クリマーテもメイクーに続いて、こちらはボロボロと涙を流して首を垂れた。
「この度は、護衛でありながらお側を離れて、お護りする事が出来ずに申し訳ございませんでした! どんな罰をも受ける所存です! 何なりとお申し付けください!」
「私にもお申し付けください。私のせいでネモフィラ様を危険に晒してしまいました。命を断てと仰るなら、それをお受けします。どうか私にも罪を償わせてください」
突然二人が罰だの命を断つだの言いだすものだから、ネモフィラは驚いて口を開けて固まってしまう。直ぐ側にはミアやルーサやブラキもいたのだけど、三人ともポカーンとネモフィラのように口を開けて驚いていた。沈黙が続き、見兼ねたルニィが一度額を押さえて、直ぐに姿勢を正して前に出た。
「クリマーテ。メイクー。ネモフィラ殿下がお困りですよ」
クリマーテとメイクーが顔を上げてネモフィラを見る。すると、二人と目を合わせたネモフィラが、少し困ったように苦笑した。
「二人とも。謝るのはわたくしの方なのです。わたくしは自分の事しか考えていませんでした。ミアの為と言って貴女達にも迷惑をかけ、心配をさせてしまいました。本当にごめんなさい。ミアに自分の立場を理解するように言われて、わたくしは漸くそれに気がついたのです。二人とも、心配させてしまってごめんなさい。それと、ありがとう存じます」
「ネモフィラ様……っ」
「そんな。勿体無いお言葉です」
クリマーテの涙が決壊したダムのように流れだし、それはメイクーも同じだった。メイクーは騎士の立場もあり我慢していたけど、ネモフィラの言葉で我慢が出来なくなってしまったのだ。そんな二人にネモフィラは笑顔を見せ、もう一度「ありがとう存じます」と言葉を続けた。
「ルーサ。先程ここに来る途中でヒルグラッセに会って聞いたのだけど、ミアお嬢様の侍女を辞めて、ネモフィラ殿下の護衛になると言う話は本当?」
ネモフィラたちが会話をしている横で、ルニィが怖い顔してルーサに近づいて尋ねた。実は、ヒルグラッセは既にミアと合流していて、今は聖戦の後処理に追われている。因みに、この後に直ぐルニィもクリマーテを連れて後処理に向かわなければならない。ミアの侍女はブラキもいるので、暫らくはブラキ一人に任せる事になっていた。と、それはともかくとして、ルニィが言った言葉は本当だ。
あの時、聖戦の真っ只中でネモフィラを護衛する時にルーサが話があると言っていたが、その話と言うのがこれの事だった。
「ああ。ネモフィラ王女と契約したんだ。今後はこの危なっかしい王女の護衛をする事にしたぜ」
「はあ。そんな大事な事を勝手に決めて許されると思っているの?」
「ミアには承諾してもらってるからいいだろ」
「いいわけが無いでしょう」
「大丈夫だって。そもそもオレがミアの侍女ってのは、今回の件が終わるまでの話だったんだ」
「そう言う話では無いのよ。まず、陛下の許可が必要なの。他にも書類の作成や試験など、色々としなければならない事があるわ」
「そんなもん王女のコネでなんとかなるだろ」
「ならないわよ! 貴女には今まで短い時間の中で色々教えてきたつもりだったけど、教えが足りなかったようね」
「へっ。それももうしなくて良いって思うと気が楽だ…………ぜ……っ」
ミアの侍女から解放されてルーサがお気楽な態度で話していたが、ルニィの顔がもの凄く怖い形相になり、ルーサは顔を青ざめさせて震えた。そんな二人を見守りながら、ミアとブラキが冷や汗を流す。
「ラキはどうするのじゃ? 出来れば、先程ジャスミン先生と話した例の件もあるし、侍従を続けて一緒に来てほしいのじゃ」
「え? いいの? 私……男の子なのに…………」
「何を言うておる。確かにワシもフィーラも侍従に男は今までおらんかったが、それはたまたまじゃ。サンビタリア殿下やアネモネさんには男の侍従や護衛がおるのじゃ」
「……うん。そうだね。じゃあ、私もこのままミアちゃんの侍従をしたいです」
「大歓迎なのじゃ」
ミアとブラキは微笑み合い、そして、改めてブラキがミアの侍従として正式に採用された。尚、この後ルーサは本当にネモフィラの護衛になり、メイクーが教育係となる。が、何故かルニィがルーサの監視役として採用され、ルーサにとって困難な日々が続くのだった。




