奇抜な処罰方法
フラウロスとヘルスターが“聖戦”と称してアンスリウムを取り戻す為に始めた戦争。その戦争は、“聖女”の命を受けた“聖女の代弁者”が、一人も殺さずに黒幕を倒し解決したものだと世間で噂される様になる。そしてそれは、自分たちこそがその目撃者だと勘違いした者たちによって、噂が本当の事だと世界中に知らせれていく。気が付けば何の因果か、戦争は後に“聖戦”と皮肉にも呼ばれて歴史に残る。
この一件以来アネモネの存在は今まで以上に大きなものへと変わり、チェラズスフロウレスへ集まっていた注目の意味が、手のひらを返すようにがらりと変わる。今まで警戒をしていた他国は、是非我が国と親密な友好関係にと、チェラズスフロウレスに尻尾を振り始める事になった。しかも、この戦争の理由を聞けば、“捕らわれの姫ネモフィラを救う為の戦争”だったと必ず耳にする。聖女の代弁者であるアネモネはネモフィラの姉だが、しかし、果たして妹を助けたいと言う思いだけで人前に姿を現さない聖女がそれを聞き入れて力を貸すだろうか? そう思った人々は、数ヶ月後に天翼学園で起こる異例事態により、こう考えるようになった。
実は、聖女はチェラズスフロウレスの姫ネモフィラの身近にいる人物なのかもしれない。
と。かなりいい線をいっているが、あくまでも噂や妄想の域を出ない程度。だけど、それは大きく世間の考えを改めさせ、見る目を変えさせたのは言うまでもない。そして、この頃から聖女の身近にいて婚約者のいないネモフィラに、我が国の次期王の婚約者にと他国が目をつけ出した。のだけど、それはまだ先の話だ。今はそれよりも、その“聖戦”の後処理に追われる大人たちを眺めながら、のんびりお茶をするミアたちに注目しよう。
「ジャスミン先生。これは何じゃ?」
「さっきも言ったけどフラウロスちゃんだよ」
「…………」
ジャスミンの答えに冷や汗を流し、ミアは紅茶を一口含んで心を無にする。と言うのも、お茶や茶菓子と一緒に虫かごがテーブルの上に置かれていて、その中にはバッタが一匹入っていたのだ。
そう。何を隠そう、このバッタがフラウロスの今の姿。ジャスミンの魔法でバッタに姿を変えられて、虫かごの中に閉じ込められているのだ。因みに本気でただのバッタなので、この状態では魔法も能力も魔装も使えないし、言葉も喋れない。ただ、意識はそのままなので、想像するよりもかなり恐ろしい程に強力な精神的な地獄を味わっている状態だった。
「ジェンティーレちゃんに言われたんだよね。私は甘いから、ちゃんと重い罰を与えないと駄目だって。だから、学園に帰ったら草むらでお別れする予定なの」
「あ、あの……そんな事をしたら、バッタを食べる動物かモンスターに食べられてしまうかもしれないのではないでしょうか?」
同席していたネモフィラが恐る恐る尋ねると、ジャスミンは肩を落とした。
「うん。そうなんだよ。でも、このくらいしないとダメだと思ったの。それに、これなら頑張れば人生を全うできるでしょ? だから、フラウロスちゃんはバッタとして第二の人生を頑張ってもらおうと思うの」
(それは最早人生では無いのじゃ)
などと思ったけど、ミアは口にしない。と言うか、話を聞けば、これはリリィの提案らしい。ジャスミンはフラウロスの件を一任されていて、天翼会の会長からも好きにしていいと言われていた。だから、最初は甘ったるい罰を考えていたけど、ジェンティーレに覚悟を決めてしっかりと重い罰を与えるべきだと言われ、リリィに相談。すると、リリィが「なら、屈辱を生涯かけて存分に味わってもらいましょう」と言って出した提案が、このバッタにすると言うものだった。
一見すると大した事無いと思う者もいるかもしれないが、よく考えてみてほしい。バッタとして生きると言う恐怖を。常に捕食者に怯えて暮らす生活を。誰かに気がつかれずに踏まれてしまい、潰れて死んでしまうかもしれない未来を。想像するだけでも悍ましい。少なくとも、これを聞いて、その程度などと思う者はここにはいなかった。ジャスミンもリリィに説得されて、ここまでする必要があると思ったようだ。
「あ。そう言えばアンスリウムくんなんだけど、さっきリリィから連絡がきて、今回の件には関わって無かったって言ってたよ。と言うか、その事で世界中が大騒ぎみたい……」
「ふむ? まさか、リリィ先生はあの作戦を本当に決行したのじゃ?」
「そうみたい」
「何はともあれ、これで本当に一件落着じゃのう。良かったのう。フィーラ」
「はい。本当に良かったです。それに、戦争で誰も死ななくてホッとしました。ミアの……いいえ。皆さんのおかげです」
ネモフィラが嬉しそうに笑みを浮かべて、一緒になってミアも微笑む。そんな二人にジャスミンがニコニコと笑顔を向けて、三人は漸くこの戦争が本当の意味で終わったのだと安堵した。




