聖戦(4)
ミアの頭上に現れた手の平サイズの二頭身。土の精霊ラテールは怒った顔してミアの頭に着地する。すると、何故かニーチュが顔を青ざめさせて、ガタガタと震えて一歩後退った。
「おい。ニーチュ。お前は誰に喧嘩を売ってるか分かってるです?」
「ら、ラテール先生。うちは悪くないんです。フラウ姉さまにそそのかされただけなんです。だから――」
「ニーチュ! 貴女何を言ってるの! 私の為に戦うって言ってたじゃない!」
「煩い! ラテール先生が出て来るなんて聞いてない! うちは知らない!」
(なんじゃなんじゃ? 随分とビビっておるのう)
突然弱気になったニーチュがフラウロスと喧嘩を始めて、ミアが首を傾げる。さっきまでミアを殺そうと息巻いていたのに、この変わりようは何だと不思議でならなかった。
「ラテール先生は随分と怖がられておるようじゃが、あの子に何かしたのじゃ?」
「ラテは生活指導の一環で暴力で言う事を聞かせているです。ニーチュは素行が悪くて何度もラテが地獄を見せた生徒です」
(最低な事をドヤ顔で言ってるのじゃ! まるで昭和の日本のノリなのじゃ……)
ラテールの回答に、ミアは冷や汗を流した。生徒に指導するうえで暴力を振るうなんて、普通に考えてアウトだ。しかし、この世界ではそれが普通なのかもしれない。ラテールは当然のように話していて、それを咎めて良いものかどうかミアには分からない。
「でも、いつもジャスにそんな酷い事したらダメって怒られるです」
「当たり前なのじゃ!」
はい。その通りです。この世界でも生徒を指導する時に暴力をしてはいけません。
「何言ってるです。言っても分からない奴は恐怖で支配するのが一番です。その証拠にアレを見るです」
そう言ってラテールがニーチュに指をさすが、ミアの頭の上にいるのでミアにはそれが見えない。とは言え、会話の流れで予想はつく。ミアがニーチュに視線を向けると、ラテールにはそれが分かっていたのか言葉を続ける。
「ラテが来たおかげで滅茶苦茶ビビって心を入れ替えてるです。ラテの指導の賜物です」
ラテールのマジで最低な理論はともかくとして、ニーチュは本気で怯えていて、今直ぐにでも逃げ出そうとしている。フラウロスが怒ってそれを止めようとしているのだが。
お世辞にも褒められるような行為ではないが、今回に限ればそれで助かった部分も目に見えてあり、ミアは微妙で複雑な気持ちになって冷や汗を流した。するとそこで、ラテールがミアの頭の上から目の前に飛んで移動する。
「今からラテはニーチュに安眠枕の恨みを晴らすです。フラウロスは譲ってあげるから、しっかり殺すですよ?」
「殺さないのじゃ」
とは言え、優しくするつもりもない。何処までも理不尽なラテールの言葉だが、ミアは安眠枕の恨みをよく知らない。だから、ニーチュに何かされたのじゃ? などと深く考えずに勘違いして、ミミミピストルを構えた。そしてその直後に、逃げ腰のニーチュがラテールの放つ重力の波に襲われる。
ニーチュはまずは上空に飛ばされて、地面に落下。その後も右に左に上に下にと、重力からくる衝撃波による恐ろしい連撃を一瞬で受け、逃げる事も出来ずに気を失った。
そして、それが繰り返されると同時に、フラウロスが動いていた。フラウロスはニーチュの未来を見たのだろう。裏切るニーチュを助けずに切り捨てて、ミアに向かって駆け出していたのだ。
「フレイムファングインパクト!」
フラウロスが大きく口を開け、黒炎の炎が口に集束されていく。そして、不規則な動きでミアとの距離を縮めて間合いに入れると、近距離からミアの顔面目掛けて集束された黒炎の炎の塊を放った。
これは魔石もぐらの炭坑内部でネモフィラに放ち、庇ったトンペットを気絶させた威力を持っている。魔装の身体能力強化と、フラウロス自身が持つ魔力の結晶のような魔法である。その威力は絶大で、しかも、今回のものは魔石もぐらの炭坑内部で使ったものよりもデカい。フラウロスの全力であり、山を一つ吹き飛ばすだけの力を持っていた。
もしミアが避ければ、ミアの背後は黒炎の炎に包まれ、塵一つ残る事無く燃え尽きるだろう。そして、ここは戦場のど真ん中。周囲には、フレイムモールと戦うモノーケランドの侍や、ミアが気絶させたフラウロス軍の学生や卒業生たちがいる。間違いなく死人が出るし、死体も残らないだろう。
ミアの“聖魔法”は人を甦らせる事が出来るけど、それはあくまでも体があればだ。体が無いのに蘇生なんて出来ない。つまり、ここでミアが避ければ、取り返しのつかない事態が起きる。ミアはそれだけは避けたかった。
だから、ミアは“覚悟”を決め、呟く。
「女は覚悟が大事なのじゃ」
黒炎の炎の塊がミアに襲いかかる中、ミアの全身が白金の光に包まれる。そして、それは瞬く間に広がっていき、この戦場を白金の光が覆い尽くした。黒炎の炎の塊は一瞬でかき消され、次の瞬間、フラウロスの額が白金に光り輝く弾丸に撃ち抜かれる。
「――っそん……な…………っ」
フラウロスはその場に倒れ、ミアは勝利を収めた。
撃ち抜かれたフラウロスの頭からは血が湧き出る……事は無かった。何故なら、ミアの聖魔法によるとんでもない速度の治癒力が弾丸に込められていて、頭を撃ち抜きながら傷口を即座に再生していたからだ。だから、フラウロスは臨死体験をし乍ら気を失うに終わった。
そしてそれと同時に、突然に戦場を包んだ白金の光に戦場内の誰もが言葉を失い動きを止めて、驚きの眼で立ち尽くす。人もフレイムモールも戦う気力を失い、戦いはここに終結した。




