開戦
フラウロスとヘルスターがおよそ千人にも及ぶ仲間を内密に集められたのは、意外と単純な理由があった。それは、魔王がトレジャートーナメントに備えて兵を募集した事にある。その募集を隠れ蓑にして、フラウロス等は仲間を集めたのだ。それは思いの外に上手くいき、アンスリウムを慕っていた天翼学園の生徒も協力した事で、およそ千人にも及ぶ大軍となって集結した。そして今、大軍は魔人の国ディアボルスパラダイスのとある荒野を行列を作って進み、船を隠している海岸に辿り着こうとしていた。
「先生。伝令です。先遣部隊の目の前にマモンが現れて戦闘が始まったようです」
「あら。しぶといわねえ。まさかこんなにも早く来るとは思わなかったわ」
「予想ではチェラズスフロウレスで現れると考えていましたから、流石に私も驚きました。いかがなさいますか?」
「あの女の相手をするなら学園の上級生でも役不足ね。サルマク侯爵子息のアーマーズ部隊を向かわせなさい」
「分かりました」
伝令に来たのは学園に通う少年だった。少年はフラウロスから命令を受けると、空を飛んでこの場を去る。フラウロスはモーナが現れたと聞いても動揺しておらず、想定内の出来事だとして、進路を変更せずに進軍させた。そして、その側にはサングラスをしたフレイムモールが運ぶ檻に入れられ、身動きが取れないよう縛られたネモフィラとカナの姿があった。
二人はモーナが現れたと聞いて、それぞれ複雑な表情を見せていた。助けが来たと言う喜びでは無く、モーナの身を心配する顔だ。だけど、心配しても状況は変わらないし、ここからではモーナの戦う姿を見る事も出来ない。ただただ心労が増すばかり。するとそんな時だ。ネモフィラとカナが見える筈も無いモーナの戦いを見ようと、檻の外に目を向けた直後に、地面が揺れて檻が傾く。
「――っ!?」
「敵襲っ! 敵襲だあああああああ!!」
地面が揺れたと思ったが、そうでは無かった。ネモフィラとカナを入れた檻を運ぶフレイムモールが攻撃を受け、その場で倒れたのが原因だったのだ。そして、それに気がついたフラウロスの兵の一人が敵襲だと叫び、周囲は一気に緊張した空気に包まれた。
「何処からだ!?」
「捜せ!」
「遠距離からの攻撃だ! 空を飛べる奴等は空から捜せ!」
怒声に似た声が喧騒して飛び交い、魔法や魔装などで飛べる者が次々と飛び始める。しかし、それは大きな失敗だ。直後に飛翔した全員が目にも留まらぬ速さで額に何かを受け、そのまま落下して意識を失う。
「この数を一瞬で!? 防御を固めろ!」
一斉に魔法の結界が張られて、大軍はその場で動けなくなった。誰もが動揺を見せ、自分たちを奇襲した犯人を目で捜す。しかし、人影の一つすら見えない。でも、この中で一人だけ、この奇襲をかけた人物が分かる者がいた。
(ミア……)
ネモフィラは目にいっぱい涙を浮かべて、ミアの姿を捜した。そして、その直後に鉄と鉄が弾き合うような大きな音が背後から聞こえて、ネモフィラは驚いて目を向ける。しかし、そこに立っていたのはミアでは無くフラウロスだった。
ただ、さっきまでと容姿が違う。今のフラウロスは動物の豹を連想させる姿をしていて、頭からは豹の耳が生え、お尻からは尻尾も生えている。首から下は黄色のタイツを身に着けていて、ヒョウ柄のトップスとパンツにグリーブ。爪は鋭く伸びていて、黒炎の炎を纏っていた。
「不愉快極まりないね! まさか超獣武装をこんな所で使わされるなんて! どこのどいつの仕業!? 今直ぐに出て来なさい!」
フラウロスのこの姿は魔装によるもの。【超獣武装】と言う名の装着型の魔装で、身体能力を格段にあげる事が出来るものだ。ネモフィラがトンペットに協力してもらって戦った時も、フラウロスがこの姿になった事で勝敗がついた。だから、ネモフィラはこの姿になったフラウロスの恐ろしさを知っている。でも、怖くは無かった。ネモフィラは気が付いているのだ。まだここには来ていない“王子さま”の存在に。
そして、その時、更にフラウロスたちを動揺させる事態が発生した。
「た、大変です先生! モノーケランドが! モノーケランドの大軍が攻めて来ました!」
「――っなんですって!?」
不意に聞こえた大声に視線を向ければ、その向こう側から見える大軍。モノーケランドの旗を掲げた侍たちを引き連れて、先頭を馬で走るのは侍王テンシュと、それに続く将軍エンゴウ。彼等は殺意を剥きだしにして刀を抜き、馬を走らせフラウロス軍に接近していた。
「モノーケランドの侍王テンシュの名に懸けて、今こそチェラズスフロウレスの王女に大恩を返す時! 私に続けええええ!!」
「「おおおおおおおおおっっ!!」」




