復讐者の計画
少し時間を遡り、場所も変わってミアたちのいる妖狐山。
年は明け、ヘルスターへの拷問も既に終わっている。その拷問についてだが、リリィの拷問はよほど恐ろしいものだったのだろう。アンスリウムに異常なまでの忠誠を誓っている狂信者ヘルスターが、恐怖のあまりに口を割り、あらゆる事を聞き出す事に成功していた。
ヘルスターとフラウロスの計画は、チェラズスフロウレスとブレゴンラスドを同時に攻めて、アンスリウムを助け出す事。そして、チェラズスフロウレスとブレゴンラスドとモノーケランドの王を殺して、三つの国をアンスリウムの支配下におく事だった。正直言ってかなり馬鹿げているし正気とは思えないような計画だけど、ヘルスターは本気だった。
モノーケランドの侍王が狙われたのは、アンスリウムの誘いを拒否した為だ。だから、その罪を償う必要があると考えていた。
妖狐山の守り神である妖狐を仲間に取り入れようとしたのは、神に属する妖狐の力で神に仇名すモノーケランドを恐怖に陥れる為。そして、その後にブレゴンラスドでアンスリウムを救えば、アンスリウムこそが絶対なのだと知らしめる事が出来ると考えていた。
「ブレゴンラスドを襲っている時に、チェラズスフロウレスに戦争を仕掛けるつもりだったようね。チェラズスフロウレスとブレゴンラスドの仲は前より良くなっているでしょう? だから、片方だけを襲えば片方が助けに来る状況が生まれてしまう。それを防いでアンスリウムを助け出すのがあの男の狙いだったみたい」
「確かに妖狐を使えばそれが可能だな。ついでにディアボルスパラダイスの戦力をブレゴンラスドに割らなくて良いなんて、あっちにしてみれば随分とお手頃な作戦って事か」
「ええ」
「……ぬう。ルーサの言う通りお手頃かもしれぬが、しかし、まさか戦争を仕掛けておるのが魔王ではなくヘルスターだったとはのう」
「戦力は学園の生徒や卒業生を入れて約千人だそうよ。海から攻める予定で、既に船も準備が出来ているらしいわ。ただ、ヘルスターは船の場所をしらないみたい」
「情報が漏れぬように対策をしておったか。当然と言えば当然じゃのう」
「そうね。でも、魔王にも悟られないように準備をしていたせいで、準備に時間がかかったみたい。だから、準備が出来たのも最近らしいわ。今は仲間を一か所に集めて船まで移動を始めた段階だそうよ」
「ほう。てっきり転移用の魔道具などで奇襲をかけると思ったけど、そう言うわけでは無いのじゃ?」
「私もそれは考えて聞いたんだけど、大人数を移動させる為の物が用意出来なかったのと、万が一の為に自分たちが使う分を残す必要があると言っていたわね。まあ、その万が一ってのは、私やジャスミンから逃げる為でしょうけど」
リリィはそう言うと視線を移す。視線を移した先にはヘルスターがいて、その顔は原形を留めておらず、体中がボロボロ。意識は失っていて、手足と指先まで変な方向に曲がっている。見る人が見たら、本当にまだ生きているのかを疑う程に、その悍ましさに吐き気を催す悲惨な状態だった。おかげでミアは直視出来ずにいた。けど、だからと言って回復はしてあげない。ヒルグラッセとメイクーとルーサが止めを刺そうとしたのは止めたけど、それ以上の事はしなかった。
「でも、それよりも問題はネモフィラ王女の事ね」
「うむ。まさか人質になる為に連れて行かれてしまったとは思わなかったのじゃ」
「あの馬鹿。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、ここまで本当に馬鹿だったなんてね。普通は王女を人質に要求されても連れてなんて行かないわよ」
「しかし、ルニィさんが聞いた話では、フィーラは自分の意思で行動していたのじゃろう?」
「はい。何かで縛られている様子も無く、ご自分の足で走っていたと聞きました」
「そうなると、モーナスさんだけを責めるものでもないのじゃ」
「何言ってるの。貴女もだけど、あの子はまだ六歳の女の子よ。大人の私やあの馬鹿がしっかり見てあげて、護って、間違った事は間違ってるって教えなきゃいけないのよ。それなのに、率先してこんな事……許される事ではないわ」
「リリィさん……」
ミアは反省した。ミアは前世の記憶があり、そのせいで自分が五歳である事を忘れる事が多い。だから、今の自分と同い年のネモフィラに対しても、それをついつい忘れてしまうのだ。ネモフィラは六歳のわりにはとてもしっかりした子だから、余計にそうなってしまう。でも、それじゃ駄目なのだ。ミアはリリィの言葉で居ても立っても居られなくなり、今直ぐに助けに行こうと考えた。
「ワシは今直ぐにでも――」
フィーラを助けに行くのじゃ。と、ミアが言葉を続けようとした時だった。不意に視界の少し先で空間が歪み、その場にパッと猿轡を噛まされて縛られているクリマーテが現れる。
クリマーテは顔を青ざめさせていて、直ぐに周囲をキョロキョロと見回した。
「――クリマさん!?」
ミアが呼ぶとクリマーテもこちらに気がつき目をかち合わせ、大粒の涙を流す。その顔は申し訳ないと言う感情で深く悲しみに満ちていた。




